ダイユウサク

Daiyusaku

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[競走成績][実績][血統表]

1985/6/12生 
牡  鹿毛
父:ノノアルコ 母:クニノキヨコ (by ダイコーター)
生産者:門別・優駿牧場(JPN)
馬主:橋元幸平氏
調教師:内藤繁春(栗東)

・中央所属時成績
四歳時 2戦 0勝
五歳時15戦 5勝
六歳時 7戦 3勝
七歳時 8戦 3勝 有馬記念
八歳時 6戦 0勝
中央通算 38戦11勝
全通算 38戦11勝

[解 説]当HPでは漢数字の馬齢は旧年齢表記、算用数字の馬齢は満年齢表記
 ダイユウサクは1985年6月12日、門別・優駿牧場にて生まれた。この1985年生まれの同期生はオグリキャップスーパークリークヤエノムテキといった錚々たる面々である。父ノノアルコは1971年アメリカ産。大種牡馬ネアルコの孫で、英国2000ギニー、フランスのジャックルマロワ賞を含むマイルG1を4勝。1982年より日本で供用開始。代表産駒はAJC杯などを勝ったカシマウイング、東京新聞杯などを勝ったトウショウマリオなど重賞路線を長く活躍する中級馬を多く輩出した。母の父としてはエリザベス女王杯を勝ち有馬記念を2着したヒシアマゾンがいる。母クニノキヨコは現役時4戦1勝。その父ダイコーターは菊花賞馬で主な産駒としては大阪杯などを勝ったニシノライデンなどがいる。祖母クニノハナはエリザベス女王杯の前身であるビクトリアカップや京都牝馬特別の重賞を含む6勝をあげている。零細牧場であった優駿牧場にとっては、このクニノキヨコは期待の繁殖牝馬であり、だからこそノノアルコという彼らにとってはかなり上等の種牡馬をつけたのである。ちなみに優駿牧場は現在経営者が代わり待兼牧場となっている。
 ダイユウサクは橋本幸吉氏の持ち馬として栗東・内藤厩舎に入厩した。ダイユウサクという名は幸吉氏の孫の名に因んで「ダイコウサク」となるところを届け出ミスでこうなったということである。ダイユウサクは遅生まれのせいかなかなか仕上がらず、デビューは菊花賞も目前の10月末、中央開催の未勝利戦も終わった京都の条件戦であった。結果はブービー人気で最下位入線の惨敗。それも勝ち馬とは13秒も離されていた。続く福島の未勝利戦も勝ち馬から7.3秒遅れの大惨敗。1800mを2000mに近いタイムで走るていたらくであった。当時は福島で未勝利戦は終了し、ここで勝ち抜けなかった未勝利馬はすでに勝った馬を相手に戦わねばならず、必然的に勝率は低くなってしまう。
 五歳は3月から始動。何とかローカル開催で1勝をあげないと競走生命を絶たれる。中京での条件戦を連闘使い後、出口隆義騎手に乗り替わった新潟で待望の初勝利をあげる。その後新潟で4着、京都に戻って内藤厩舎の主戦熊沢重文騎手に乗り替わり1着。さらに2着、2着、1着と好走したので、重賞の高松宮杯に挑戦するも14頭立ての7着に敗れた。その後甲東特別を勝ってオープン入り。その後は人気を背負い、勝ち鞍はなかったものの連対を果たした。この年は15戦5勝。あの散々なデビュー戦からは想像もできない、大方の関係者の予想を裏切る立派なオープン馬に成長した。もともと腰が甘いところのある馬だったが、その頃栗東トレーニングセンターに設置された調教用プールを有効活用して克服したのであった。
 六歳はソエがでて6月から始動。久々ながら果敢に重賞路線に挑戦した。しかしCBC賞(G2)の4着が最高。G1挑戦となった天皇賞・秋はヤエノムテキの7着に終わった。もっとも14頭立ての11番人気であるからファンの評価よりは走ったといえる。重賞路線ではかなわなかったものの、一流馬のいないオープン特別は強かった。特に12月阪神の飛鳥ステークスはJRA最後の単枠に指定され見事に人気に応えた。7戦3勝、着外は天皇賞のみ。重賞制覇の夢は夢でなくなろうとしていた。
 明けて七歳。関係者の夢はいきなり実現する。大本命で迎えられた年始めの重賞金杯(G3)を制したのである。自信満々で抜け出したダイユウサクと熊沢騎手だがゴール前内から伸びてくる馬がいるので肝を冷やした。しかしそれはカラ馬のメジロマーシャスだった。この珍事の副産物としてダイユウサクは注目されることになったのだが、年末により注目を集めることになろうとは誰も予測はできなかった。金杯は蹄の状態が悪いのにも関わらず、大本命であるために無理して走った。その反動がその後にきて、大阪杯(G2)2着、朝日CC(G3)7着、京都大賞典(G2)5着、スワンS(G2)4着、マイルCS(G1)5着と一息足りない成績が続いた。
 マイルCSのあとは当然スプリンターズS(G1)に向かうものと思われた。この馬の適正はマイルから中距離であり、1200mは短いにしても2500mの有馬記念に比べて、はるかに勝算は高いといえた。しかし内藤師はスプリンターズSの1週前の阪神新装記念1600mオープンに出走させた。ここを勝てば年末の有馬記念に推薦させる可能性があったからである。実際ダイユウサクは59キロの斤量を背負いながらも勝って、有馬記念に推薦された。その後ダイユウサクは状態が一変。あまりの調子の良さに内藤師は強気になり、実現はしなかったが有馬記念では熊沢に変えベテラン岡部騎手に依頼する程であった。競馬評論家の間でもダイユウサクの好調ぶりは注目を集めていた。しかしこの年の有馬記念には不動の本命馬がいた。前年の菊花賞とその年の天皇賞・春を勝ったメジロマックイーンである。ただし天皇賞・秋は1位入線後14着に降着、ジャパンカップは日本馬最先着とはいえ4着に敗れていた。しかも騎乗する武豊騎手は降着後62連敗という騎手生活始まって以来のスランプに陥っていた。それでもメジロマックイーンの2着探しというのがファンの見方でその2着争いは混戦を極めていた。ダイユウサクは15頭中14番人気、単勝支持率はメジロマックイーンが47.5%に対して0.6%でしかなかった。2400m以上の実績がなく、前走勝っているとはいってもマイル戦、しかも中1週とあっては仕方のないところであった。ゲートが開くとダイユウサクと熊沢騎手は後方から無理なく進んだ。メジロマックイーンはいつものように好位につけた。ほぼ全馬にマークされるメジロマックイーンに対してダイユウサクをマークする馬は一頭もいない。全くの無欲のダイユウサクは内ラチ沿いを静かに進む。やがてレースは中山の直線を迎えた。満を持して抜け出すメジロマックイーン。しかしダイユウサクがインコースを一気に突き抜け、メジロマックイーンを1馬身半差をつけて1着でゴールイン。その光景を見た観衆、関係者ともども唖然とした有馬記念だった。有馬記念史上最高の単勝1万3790円。しかもタイムは2分30秒6という日本レコードで、このタイムは2003年にシンボリクリスエスによって更新されるまで保持し続けた。熊沢騎手は1988年コスモドリームのオークス以来のG1勝利となった。
 八歳になってもダイユウサクは走り続けた。しかしあの有馬記念が一世一代の大駆けだったのを証明するように、着順掲示板に載ることなく、スワンSを最後に現役引退した。結局重賞勝ちは七歳における年初の金杯と年末の有馬記念のみであった。
 現役を引退したダイユウサクはグランプリ馬であったから、新冠の八木牧場で当然のように種牡馬となることができた。しかし地味な血統背景と、有馬記念があまりにも強烈でまぐれ勝ちの印象が強すぎてか、期待通りの繁殖牝馬が集まらなかった。その数は初年度13頭、次年以降2頭1頭そして0頭。ところでJRAには八大競走及びジャパンカップの優勝馬は一般に観覧できる設備に繋養されることを条件に、飼い葉代などを助成する功労馬制度がある。ダイユウサクは種牡馬を引退、うらかわ優駿ビレッジAERUに移りここで功労馬として過ごしている。
 競馬は良血馬が活躍する確率が高いし、最近はそれが顕著になる傾向にある。しかし良血馬が当たり前のように勝つ現在の状況が、最近のファンの競馬離れを増長しているような気がしてならない。良血馬でもない安馬がG1を勝つというのは難しいが今後とも皆無とはならないだろう。しかしあのタイムオーバーのデビュー戦から有馬記念を勝つまでになったダイユウサクのような大逆転劇を演じられる馬はそうそう多くはでないだろう。これだから競馬は面白いし存在意義があるのであろう。
2003年3月16日筆

日付 競馬場 競走名 距離 馬場 頭数 人気 着順 時計 騎手 斤量 馬体重 1着馬(2着馬)
1988/10/30 京都 400万下 ダ1800 11 10 11 2:06.7 溝橋秀吉 55 506 キョウエイウエルス
1988/11/12 福島 未勝利 1800 14 13 14 2:00.0 原田聖二 55 484 キョウエイタッチ
1989/3/18 中京 400万下 ダ1700 10 4 5 1:51.9 溝橋秀吉 56 492 エイシンカンサイ
1989/3/25 中京 400万下 ダ1000 16 7 8 1:02.1 溝橋秀吉 56 490 アスコットジャガー
1989/4/16 新潟 400万下 ダ1700 12 10 1 1:47.4 出口隆義 56 490 (ハクサンコペル)
1989/4/29 新潟 三条特別 ダ1200 8 5 4 1:13.8 出口隆義 56 486 ギンセカイ
1989/5/13 京都 400万下 1600 18 9 1 1:37.9 熊沢重文 56 484 (グレートナポレオン)
1989/5/27 阪神 900万下 2000 13 1 2 2:05.0 熊沢重文 55 480 ヒラヨシルーキー
1989/6/10 阪神 鷹取特別 2000 12 3 2 2:04.6 熊沢重文 55 484 ワンダーメルベーユ
1989/6/25 中京 御嶽特別 2000 15 1 1 2:01.6 熊沢重文 57 484 (ミントスター)
1989/7/9 中京 高松宮杯(G2) 2000 14 11 7 2:00.3 原田聖二 57 482 メジロアルダン
1989/9/10 阪神 900万下 1200 14 2 1 1:08.9 熊沢重文 56 482 (タイレール)
1989/9/30 阪神 甲東特別 1400 14 1 1 1:21.8 熊沢重文 57 484 (ハクヨウコマンド)
1989/10/22 京都 貴船ステークス ダ1400 16 1 10 1:26.1 熊沢重文 57 492 ダンシングサーパス
1989/11/11 京都 比叡ステークス 2000 14 1 2 2:01.5 熊沢重文 57 484 ミリオンハイライン
1989/12/3 阪神 ゴールデンホイップトロフィー 2000 12 1 2 2:00.6 南井克巳 58 490 サツキオアシス
1989/12/16 阪神 逆瀬川ステークス 1600 12 1 3 1:35.7 熊沢重文 57.5 486 メイショウマサムネ
1990/6/24 中京 CBC賞(G2) 1200 16 9 4 1:09.1 熊沢重文 57 482 パッシングショット
1990/7/7 中京 ジュライステークス 1200 14 2 4 1:09.6 熊沢重文 57 482 ルイテイト
1990/9/9 中京 セントウルステークス 1200 11 5 3 1:08.6 村本善之 55 496 エーコーシーザー
1990/9/29 中京 ムーンライトハンデ 2000 9 1 1 2:01.3 村本善之 58 490 (ヤマヒサボーイ)
1990/10/28 東京 天皇賞・秋(G1) 2000 18 11 7 1:59.0 村本善之 58 490 ヤエノムテキ
1990/11/25 京都 トパーズステークス 2000 14 1 1 2:00.1 熊沢重文 56 492 (ニチドウサンダー)
1990/12/8 京都 飛鳥ステークス 1600 10 1 1 1:35.0 熊沢重文 56 488 (ヤグラステラ)
1991/1/5 京都 金杯・西(G3) 2000 16 1 1 2:00.1 熊沢重文 58 492 (ホワイトアロー)
1991/3/31 京都 大阪杯(G2) 2000 10 3 2 2:01.7 熊沢重文 57 488 ホワイトストーン
1991/9/15 中京 朝日チャレンジカップ(G3) 2000 16 5 7 1:59.9 熊沢重文 57 490 ヌエボトウショウ
1991/10/6 京都 京都大賞典(G2) 2400 7 3 5 2:28.5 熊沢重文 57 498 メジロマックイーン
1991/10/26 京都 スワンステークス(G2) 1400 16 6 4 1:20.9 熊沢重文 57 488 ケイエスミラクル
1991/11/17 京都 マイルチャンピオンシップ(G1) 1600 15 5 5 1:35.3 熊沢重文 57 490 ダイタクヘリオス
1991/12/7 阪神 阪神競馬場新装記念 1600 16 2 1 1:36.1 熊沢重文 59 490 (ステイジヒーロー)
1991/12/22 中山 有馬記念(G1) 2500 15 14 1 R2:30.6 熊沢重文 56 490 (メジロマックイーン)
1992/4/5 阪神 大阪杯(G2) 2000 8 4 6 2:07.1 熊沢重文 59 490 トウカイテイオー
1992/4/26 京都 天皇賞・春(G1) 3200 14 5 9 3:24.0 熊沢重文 58 490 メジロマックイーン
1992/5/17 東京 安田記念(G1) 1600 18 8 8 1:34.6 熊沢重文 57 484 ヤマニンゼファー
1992/6/14 阪神 宝塚記念(G1) 2200 13 4 8 2:21.8 熊沢重文 56 488 メジロパーマー
1992/7/12 中京 高松宮杯(G2) 2000 18 5 14 2:02.7 熊沢重文 59 488 ミスタースペイン
1992/10/31 京都 スワンステークス(G2) 1400 16 6 15 1:23.8 熊沢重文 59 494 ディクターガール

距離別実績
距離区分 1着 2着 3着 連対率 主な勝鞍
1400m未満 41010.250
ダート1400m未満 20000.000
1400〜1900m未満 104010.400
ダート1400〜1900m未満 41000.250
1900〜2200m未満 144500.643
2200〜2800m未満 31000.333 1991有馬記念
2800m以上 10000.000
芝コース通算3210520.469 
ダートコース通算61000.167 

競馬場別実績
競馬場 1着 2着 3着 連対率 主な勝鞍
中京102010.200
中山11001.000 1991有馬記念
京都134200.462
東京20000.000
福島10000.000
新潟21000.500
阪神93310.667
通算3811520.421 

5代血統表
ノノアルコ
Nonoalco
1971 鹿
Nearctic Nearco Pharos Phalaris
Scapa Flow
Nogara Havresac
Catnip
Lady Angela Hyperion Gainsborough
Selene
Sister Sarah Abbots Trace
Sarita
Seximee Hasty Road Roman Sir Gallahad
Buckup
Traffic Court Discovery
Traffic
Jambo Crafty Admiral Fighting Fox
Admiral's Lady
Bank Account Shut Out
Balla Tryst
クニノキヨコ
1977 鹿
ダイコーター ヒンドスタン Bois Roussel Vatout
Plucky Liege
Sonibai Solario
Udaipur
ダイアンケー Lillolkid Jack High
Amaranth
Bonnie Luna Bon Homme
Rockiluna
クニノハナ ネヴァービート Never Say Die Nasrullah
Singing Grass
Bride Elect Big Game
Netherton Maid
アキイヅミ クリノハナ プリメロ
オホヒカリ
アサミドリ クレタケ
ビディスキャリジャー


作成 2008 12 30
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