ギャロップダイナ

Gallop Dyna

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[競走成績][実績][血統表]

1980/4/25生 
牡  鹿毛
父:ノーザンテースト 母:アスコットラップ (by エルセンタウロ)
生産者:早来・社台ファーム(JPN)
馬主:(有)社台レースホース
調教師:矢野進(美浦)

・中央所属時成績
三歳時 2戦 1勝
四歳時 6戦 0勝
五歳時13戦 5勝
六歳時13戦 2勝 天皇賞・秋
七歳時 8戦 2勝 安田記念
中央通算 42戦10勝
全通算 42戦10勝

[解 説]
 ギャロップダイナは1980年4月、早来の社台ファームにて生まれた。父ノーザンテーストは有馬記念と天皇賞を勝ったアンバーシャダイ、ダービー馬ダイナガリバー、桜花賞馬シャダイソフィア、オークス馬ダイナカールシャダイアイバーの他重賞勝ち馬を多数輩出し、80年代における最高の種牡馬と評価されている。母アスコットラップは社台ファームの生産馬で不出走。母の父はアルゼンチン産のエルセンタロウ。アルゼンチンで多くのクラシックホースを出して成功、アメリカで1年過ごしたのち、1974年より日本で供用された。代表産駒は1979年天皇賞・春をレコード勝ちしたニチドウタローなどがいる。
 (有)社台レースホースの持ち馬として美浦・矢野進厩舎に入厩したギャロップダイナは三歳7月新潟においてデビューした。西野騎手を鞍上に3番人気であったが、見事に勝って幸先のいいスタートを切った。しかし次走5頭立て5着に敗れ、休養に入った。
 四歳春は2月東京から小倉を経て東京に戻るまで条件戦を4戦したが、8着3着4着7着と不振でクラシック路線への出走は叶わなかった。ちなみにこの年のクラシックはミスターシービーが三冠を達成した。秋になって福島に転戦したが惨敗、ブービー人気で挑んだ中山のダート戦でようやく2着した。
 五歳は正月、中山の400万条件で勝つ幸先のよいスタート。その後5着、2着、2着のあと、4月の中山800万条件で勝った。続くオープン特別の武蔵野Sも2着した。その後東京の1300万条件、札幌の北斗賞、道新杯を3連勝した。10月に東京に戻り芝のオパールSを2着した。ところがその後得意なはずのダートのオープン特別を3着、4着、7着と敗れ足踏みした。
 六歳は2月東京の銀嶺S3着を叩いて、初重賞挑戦となるフェブラリーSに挑んだ。ギャロップダイナは11頭中6番人気という低評価だったが、アンドレアモンの2着に健闘した。中山ダートの京葉Sを4着に敗れてから、突如芝のマイル路線に転換。中山のエイプリールSを2着、強豪が集まった京王杯SC(G2)と安田記念(G1)をニホンピロウイナーの3着、5着と善戦した。続く札幌日経賞はスタート直後東騎手を振り落としてしまった。こういう場合走る気をなくして逸走するのが普通であるが、好位から差しきりカラ馬で1着するという、ちょっとした話題を提供した。次走道新杯は1番人気に応えて勝った。その後8月函館の青函S、10月東京のアジア競馬会議25周年をそれぞれ2着した。
 陣営は今やギャロップダイナは重賞に手が届く実力にあるとみなしていた。しかしまだ条件馬の身である。自己条件で戦う方が有利なのは当然で、次走は条件戦の府中Sを手堅くものするつもりであった。しかし馬主の社台レースホース総帥、吉田善哉氏は矢野師に天皇賞・秋への出走を依頼した。吉田氏はノーザンテーストの血を信じていたのであるが、この第92回天皇賞は矢野師が出走しても勝ち目はないと思わせるに足る強力メンバーであった。ここには無敗で三冠を制し、さらに有馬記念と天皇賞・春を得て史上最強馬との称号を得ていたシンボリルドルフが出走していた。さらにマイルの皇帝ニホンピロウイナー、2000m得意の良血馬ウィンザーノットなども出走を表明していた。ギャロップダイナには勝算どころが入着すら限りなく厳しいと考えられ17頭中13番人気であった。シンボリルドルフは天皇賞・春以来という不安材料があったが、断然の1番人気であった。西日に陰る東京競馬場の第1コーナーからスタートを切った。シンボリルドルフは一完歩出遅れた。ギャロップダイナの根本騎手は無欲で無理なく後方から進んだ。平均ペースの流れから好位につけていたシンボリルドルフが、3コーナーで掛かり気味に先頭に躍り出た。やがて直線。シンボリルドルフにウィンザーノットとニホンピロウイナーが襲いかかる。ルドルフがこれを競り落とす。「やはりルドルフか」とそう思われたとき、外からギャロップダイナが末脚を繰り出しシンボリルドルフに半馬身差をつけてゴールに飛び込んだ。しかも1分58秒7はトウショウボーイの持つ日本レコードを0秒2上回っていた。同枠にウィンザーノットがいたため、連複配当は430円だったが、単勝は8820円と大荒れになった。史上最強馬が条件馬に敗れるという大波乱に場内は静まり返った。まさに「あっと驚くギャロップダイナ」であった。続くジャパンカップは追い込んで届かず、続く有馬記念は折り合いを欠いて、シンボリルドルフの軍門に下り、それぞれ7着と5着に敗退した。
 1986年七歳、マイル戦線に戻ったギャロップダイナは天皇賞勝ちで自信を得たのか、去年と全く違う馬に変身していた。初戦の東京新聞杯はかつての主戦、柴崎騎手が手綱を取り、59キロを背負いながら1番人気に応え快勝。続く京王杯SCは不良馬場にのめって4着で安田記念に挑んだ。第36回安田記念は、前年マイルの皇帝といわれたニホンピロウイナーが引退し主役不在の情勢であった。ギャロップダイナが1番人気に支持されたのは、ファンが天皇賞馬の格と東京新聞杯で見せた末脚に期待したからであった。ニホンピロウイナーを管理していた服部厩舎が送り込んできたホリノカチドキが軽快に逃げる。ギャロップダイナは後方から進み、直線坂上でホリノカチドキを捕らえると真っ先にゴールに飛び込んだ。鞍上の柴崎騎手に唯一のG1勝利をもたらした。
 安田記念後、オーナー代表の吉田氏はギャロップダイナによるフランス遠征が発表された。「ノーザンテースト産駒が世界にどの程度通用するか見てみたい。無様なレースはしないと思う」と強気なコメントを発表した。関係者にしてもファンにしてもG12勝馬とはいえ、上がり目のない七歳馬が世界の強豪に対抗できると考えた人は少なかった。これは吉田氏はこの年の春アメリカに遠征したシンボリルドルフが完敗したことにショックを受けた関係者が、今後海外遠征に後込みすることを恐れ、勝算を度外視して挑戦したと考えるべきであろう。結果は大方の予想通り12着10着に敗れたが、ギャロップダイナの力は出し切った。
 日本帰国後の初戦は天皇賞・秋であった。検疫明けでろくに調教していなかったので、16頭立ての7番人気であったが、サクラユタカオーの4着に頑張った。つづくジャパンカップは前年の惨敗のイメージがあって14頭立ての11番人気で、勝ったジュピターアイランドから遠く離れた10着に大敗した。この結果からギャロップダイナは2000mまでの馬という評価が定着してしまい、有馬記念はG12勝馬なのに12頭立ての11番人気と評価を落とした。しかしギャロップダイナは並の馬ではなかった。勝つことはできなかったものの、その年のダービー馬ダイナガリバーに半馬身まで迫る2着を確保したのである。吉田善哉氏は両手に華の口取り式となり、社台牧場の悲願であったダービー制覇に続いて、この年の有馬記念を自らの生産馬による1,2着独占という快挙を成し遂げた。
 翌1987年より、ギャロップダイナは社台スタリオン荻伏にて種牡馬となった。ノーザンテーストの後継種牡馬として大きな期待を集めた。エプソムC(G3)を勝ったマルマツエースなどを出したものの、全体としての産駒成績は低調で、のちに十勝軽種馬農協種馬所に転じている。現在も種牡馬として現役であるものの、ギャロップダイナの名が後世の血統表に残るのは非常に厳しい状況である。
 超大物馬に土をつけた馬というのは、その後の成績が低迷してしまい、一発屋の印象しか残らない場合が多々ある。1991年有馬記念でメジロマックイーンを下したダイユウサクや、1998年スプリンターズSでタイキシャトルを下したマイネルラヴはその好例であろう。しかしギャロップダイナは2頭の歴史的名マイラー、ニホンピロウイナーの引退後、ニッポーテイオーの台頭前という幸運があったとはいえ、安田記念という勲章を得た。さらに敗れたとはいえ有馬記念2着も自身の距離限界を考えれば評価に値する。皇帝シンボリルドルフが「弱い馬に負けた」と後世に汚点を残すことなく、その名誉を守るという責任を果たしたギャロップダイナはやはり名馬と呼ぶべきであろう。
2003年6月13日筆

日付 競馬場 競走名 距離 馬場 頭数 人気 着順 時計 騎手 斤量 馬体重 1着馬(2着馬)
1982/7/24 新潟 新馬 1000 7 3 1 0:58.8 西野桂 53 482 (プロメイド)
1982/8/15 新潟 チューリップ賞 1000 5 3 5 0:59.5 西野桂 54 482 スティールアサ
1983/2/13 東京 400万下 ダ1600 12 5 8 1:42.0 田村正光 55 490 アテイスポート
1983/3/12 小倉 すみれ賞 1800 9 1 3 1:51.3 横田吉光 55 492 イチライキング
1983/3/27 小倉 たんぽぽ賞 1800 13 1 4 1:52.1 横田吉光 55 488 ヒロフブキ
1983/4/24 東京 新緑賞 2300 9 7 7 2:26.3 岡部幸雄 55 484 ヤスタダ
1983/10/15 福島 医王寺特別 2000 8 5 8 2:03.7 横田吉光 55 514 レオカディアス
1983/12/10 中山 400万下 ダ1200 16 15 2 1:11.4 柴崎勇 55 512 トライバルセイ
1984/1/5 中山 400万下 ダ1200 16 1 1 1:11.7 柴崎勇 56 520 (ラガースポート)
1984/2/4 東京 節分賞 ダ1200 8 3 5 1:14.5 柴崎勇 56 520 スノートキング
1984/2/26 中山 800万下 ダ1200 16 4 2 1:12.4 柴崎勇 56 516 ブルーコーベット
1984/3/10 中山 800万下 ダ1200 16 3 2 1:11.3 柴崎勇 56 516 ファイブジャパン
1984/4/15 中山 800万下 ダ1200 14 2 1 1:12.3 柴崎勇 56 510 (グロリアパトリ)
1984/4/29 東京 武蔵野ステークス 1400 13 4 2 1:25.1 岡部幸雄 54 510 スマートボーイ
1984/5/13 東京 1300万下 ダ1600 13 2 1 R1:35.5 岡部幸雄 56 516 (イクエヒカル)
1984/6/10 札幌 北斗賞 ダ1500 10 1 1 1:32.1 東信二 57 520 (カナカンテンザ)
1984/7/8 札幌 道新杯 ダ1500 11 1 1 1:32.4 東信二 55 520 (ジョーキジルク)
1984/10/20 東京 オパールステークス 1600 10 2 2 1:36.7 岡部幸雄 58 516 リンネスプレン
1984/11/4 東京 根岸ステークス ダ1400 13 1 3 1:23.9 岡部幸雄 56 516 ビゼンエイコー
1984/11/24 東京 霜月賞 ダ1600 12 2 4 1:36.6 岡部幸雄 58 520 アンドレアモン
1984/12/8 中山 ディセンバーステークス 1200 15 3 7 1:09.7 岡部幸雄 58 516 オンワードシェリル
1985/2/2 東京 銀嶺ステークス ダ1600 13 4 3 1:37.4 柴崎勇 57 524 ブルーダーバン
1985/2/16 東京 フェブラリーステークス(G3) ダ1600 11 6 2 1:37.7 柴崎勇 56 524 アンドレアモン
1985/3/24 中山 京葉ステークス ダ1800 12 4 4 1:50.1 柴崎勇 56 520 アンドレアモン
1985/4/7 中山 エイプリルステークス 1600 10 6 2 1:35.3 柴崎勇 56 518 アカネダイモン
1985/4/21 東京 京王杯スプリングカップ(G2) 1400 13 8 3 1:23.4 柴崎勇 57 514 ニホンピロウイナー
1985/5/12 東京 安田記念(G1) 1600 17 10 5 1:35.6 柴崎勇 57 516 ニホンピロウイナー
1985/6/9 札幌 札幌日経賞 ダ1800 12 2 中止 - 東信二 57 524 デリンジャーア
1985/7/7 札幌 道新杯 ダ1500 11 1 1 R1:29.9 東信二 55 528 (ウエスタンファイブ)
1985/8/25 函館 青函ステークス 1200 8 3 2 1:09.3 東信二 56 530 オンワードシェリル
1985/10/13 東京 アジア競馬会議25周年 1800 11 6 2 1:48.0 柴崎勇 58 522 ハセノーザン
1985/10/27 東京 天皇賞・秋(G1) 2000 17 13 1 R1:58.7 根本康弘 58 522 (シンボリルドルフ)
1985/11/24 東京 ジャパンカップ(G1) 2400 15 7 7 2:30.1 根本康弘 57 518 シンボリルドルフ
1985/12/22 中山 有馬記念(G1) 2500 10 3 5 2:34.3 根本康弘 56 526 シンボリルドルフ
1986/2/2 東京 東京新聞杯(G3) 1600 10 1 1 1:35.0 柴崎勇 59 520 (トウショウペガサス)
1986/4/20 東京 京王杯スプリングカップ(G2) 1400 12 1 4 1:24.6 柴崎勇 59 520 トーアファルコン
1986/5/11 東京 安田記念(G1) 1600 11 1 1 1:35.5 柴崎勇 57 520 (ホリノカチドキ)
1986/8/17 Deauville
(FRA)
ジャックルマロワ賞【GI】 1600 13 - 12 - フィリッペロン 58 --- リルング
1986/9/7 Longchamp
(FRA)
ムーランドロンシャン賞【GI】 1600 14 - 10 - 柴崎勇 58 --- ソニックレディ
1986/10/26 東京 天皇賞・秋(G1) 2000 16 7 4 1:59.1 柴崎勇 58 524 サクラユタカオー
1986/11/23 東京 ジャパンカップ(G1) 2400 14 11 10 2:26.1 柴崎勇 57 526 ジュピターアイランド
1986/12/21 中山 有馬記念(G1) 2500 12 11 2 2:34.1 柴崎勇 56 530 ダイナガリバー

距離別実績
距離区分 1着 2着 3着 連対率 主な勝鞍
1400m未満 41100.500
ダート1400m未満 62300.833
1400〜1900m未満 132420.462 1986安田記念
ダート1400〜1900m未満 114120.455
1900〜2200m未満 31000.333 1985天皇賞・秋
2200〜2800m未満 50100.200
2800m以上 0.000
芝コース通算254620.400 
ダートコース通算176420.588 

競馬場別実績
競馬場 1着 2着 3着 連対率 主な勝鞍
札幌43000.750
中山102500.700
小倉20010.000
東京204430.400 1985天皇賞・秋 1986安田記念
函館10101.000
Deauville(FRA)10000.000
福島10000.000
新潟21000.500
Longchamp(FRA)10000.000
通算42101040.476 

5代血統表
ノーザンテースト
Northern Taste
1971 栗
Northern Dancer Nearctic Nearco Pharos
Nogara
Lady Angela Hyperion
Sister Sarah
Natalma Native Dancer Polynesian
Geisha
Almahmoud Mahmoud
Arbitrator
Lady Victoria Victoria Park Chop Chop Flares
Sceptical
Victoriana Windfields
Iribelle
Lady Angela Hyperion Gainsborough
Selene
Sister Sarah Abbots Trace
Sarita
アスコットラップ
1976 鹿
エルセンタウロ Sideral Seductor Full Sail
Suma
Starling Noble Star
Feola
Planetaria Penny Post Embrujo
Encomienda
Crescent Rustom Pasha
Sickle Moon
ディープディーン Bold Ruler Nasrullah Nearco
Mumtaz Begum
Miss Disco Discovery
Outdone
High Bid To Market Market Wise
Pretty Does
Stepping Stone Princequillo
Step Across


作成 2009/12/ 4
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