マルゼンスキー

Maruzensky

厩戸名馬の館G1競走大研究Wikipedia ひとつ前の画面を参照するにはブラウザの「戻る」ボタンを押して下さい
[競走成績][実績][血統表]

1974/5/19生 1997/8/21没
牡  鹿毛
父:Nijinsky 母:シル (by Buckpasser)
生産者:北海道・橋本善吉(JPN)
馬主:橋本善吉氏
調教師:本郷重彦(東京)

・中央所属時成績
三歳時 4戦 4勝
四歳時 4戦 4勝
中央通算 8戦 8勝
全通算 8戦 8勝

[解 説]当HPでは漢数字の馬齢は旧年齢表記、算用数字の馬齢は満年齢表記
 マルゼンスキーは1974年早来・橋本善吉氏の牧場にて生まれた。父ニジンスキーは最後の英国三冠馬となるなど優れた競走成績だけでなく、種牡馬としても歴史的な成功を収め、その父ノーザンダンサーの名を高め、今やノーザンダンサーなくして競馬の血統を語れなくなっているのは周知の通りである。母シルは未出走ながら、その父バックパッサーはアメリカにおいて31戦25勝し、四歳時には年度代表馬に輝いている。シルの母キルもアメリカ三歳牝馬チャンピオンである。これだけの名牝にニジンスキーの種を宿したシルはキーンランドのセリで橋本善吉氏に30万ドルで購入されて日本にやってきた。外国産馬のうち日本に輸入されてから生まれた産駒を持込馬という。この持込馬であったことがマルゼンスキーの競走生活において最大の不幸であった。1971年から1983年まで生き馬の輸入自由化と引き換えに内国産馬の保護のため、持込馬は外国産馬扱いになっていた。過去においては1957年のダービー馬ヒカルメイジや、現在でも1993年の菊花賞馬ビワハヤヒデは持込馬で、いうまでもなく彼らは内国産馬扱いであった。とにかくこのような超良血馬が日本にやってくるのは画期的で、関係者は生まれてくる仔馬は、競走馬としてより繁殖馬として大きな期待をしていた。「牡が生まれてくれ」というのは当時の関係者の本音であった。マルゼンスキーはバランスのとれたアカ抜けた馬体を有していたが、前脚が外向しているのが玉に瑕だった。
 生産者でもある橋本善吉氏の持ち馬として、シルの輸入に関わった東京の本郷重彦厩舎にマルゼンスキーは入厩した。ちなみに橋本善吉氏はオリンピックのスケート日本代表であった橋本聖子氏の実父である。1976年10月中山でデビューしたマルゼンスキーは前評判から1番人気に支持された。中野渡清一騎手を鞍上に楽に先頭に立つとそのまま馬なりで逃げきり大差勝ち。関係者の期待を上回る強さを発揮した。続くいちょう特別も9馬身差の圧勝。府中三歳Sはマルゼンスキーの強さを恐れてわずか5頭立て。ちなみに一般のレースでは出走頭数が4頭以下の場合は成立しないことになっている。なぜ回避馬が多かったのかというと勝ち馬から4秒遅れて入線するとタイムオーバーが適用されて1ヶ月間レースに出走できないからである。過去2戦のマルゼンスキーを見て尻ごみする関係者がいても仕方がない。レースは内国産のスピード馬ヒシスピードと競り合いで始まった。4コーナーで馬体を合わせるとなんとそのままゴールインするという冷や汗ものの勝利だった。東の三歳チャンピオン決定戦朝日杯三歳ステークスは当然の1番人気であった。重賞なのでタイムオーバーは適用されないのに他陣営はマルゼンスキーに怖れをなしてわずか6頭立てで行われた。スタートで先手を取るとあとはゴールまでまっしぐら。ほとんど馬なりだったにも関わらず、ヒシスピードに実に2.2秒差、前走の借りを10倍以上にして返す大差勝ちであった。そして1分34秒4というタイムはレコードタイムで1990年リンドシェーバーに破られるまで13年間も君臨した。巷ではフェラーリ、ポルシェなどの高性能スポーツカーがもてはやされ、スーパーカーブームに沸いていて、マルゼンスキーはまさしく競馬界のスーパーカーであった。
 翌1977年に明け四歳を迎えたわけだが、持込馬のマルゼンスキーにはクラシックの出走権はなく、出走できる大レースは年末の有馬記念しかない。それだけではなく当時は一般のレースですら外国産馬や持込馬は出走できるレースは限られていた。しかもマルゼンスキーの場合は前述したように類い希なスピードのためにレース不成立する可能性があった。さらにマルゼンスキーの脚は元々外向しているために、全速力で走ると脚への負担が増し、常に慢性疲労に悩まされていた。したがって有馬記念へのローテーションは困難を極めた。1月中京と5月東京のオープンを連勝。出走権のないダービーはラッキールーラが勝ったが、そのタイムは前週オークスにけるリニアクインのタイムに劣るというレベルの低さであった。中野渡清一騎手が「賞金もいらない。大外枠でいい。他の馬の邪魔は一切しない。能力を確かめるだけでいい。マルゼンスキーをダービーに出走させてほしい。」と語ったことはマルゼンスキーを語る際に必ず紹介される逸話である。
 マルゼンスキーは日本短波賞に駒を進めた。ここには春のクラシック路線に出走していたが、それらをまとめて打ち負かした。2着プレストウコウはこの時既にNHK杯に勝っており、後にはセントライト記念、京都新聞杯、菊花賞のレコード勝ちと3連勝するのだが、その馬に実に7馬身差をつけたのである。それも中野渡騎手が返し馬の時に立ち止まった3コーナー付近のハロン棒をマルゼンスキーがゴールポストと勘違いて失速し、一旦2番手に落ちてから巻き返しての勝利であった。7月の札幌短距離Sにはトウショウボーイが出走表明していて、対決が期待されたが、結局トウショウボーイが出走回避。マルゼンスキーの能力検定競走になってしまい、ヒシスピードに10馬身差をつけるレコード勝ちを収めた。ここまで8戦8勝。すべて1番人気で2着につけた着差は61馬身になっていた。しかし脚部不安が悪化して有馬記念の出走は断念。無理させずに種牡馬入りすることになった。この有馬記念はテンポイントトウショウボーイの世紀の対決となったのだが、マルゼンスキーが万全で出走していれば、恐らくあの名勝負は全く異なるものになっていただろう。
 種牡馬生活に入ったマルゼンスキーは期待に違わぬ能力を発揮した。G1級のレースではホリスキーレオダーバンが菊花賞を、スズカコバンが宝塚記念を、サクラチヨノオーがダービーを制した。重賞の勝ち馬など枚挙にいとまがないくらいである。母の父としても菊花賞、天皇賞2回を制したライスシャワー、ダービー馬ウイニングチケットスペシャルウィークを輩出している。さらに父の父としてサクラトウコウを通じて天皇賞馬ネーハイシーザーを輩出している。マルゼンスキーは1800m以下にしか出走経験がなかったが、産駒はどちらかというと中長距離で能力を発揮した。近年の我が国の競馬界でこれほどの繁殖成績を収めた馬は他にはいない。重賞勝ちこそ2勝と少ないものの圧倒的スピードを示した無敗の競走成績と合わせて評価されて1990年顕彰馬に選ばれた。現役の種牡馬として活躍していた1997年8月、突然の心臓麻痺により供用先の門別・トヨサトスタリオンセンターで永眠。数多くの産駒に恵まれたマルゼンスキーの血は今後の日本馬生産に影響を与えつづけることだろう。
2002年1月4日筆
2011年5月14日加筆

日付 競馬場 競走名 距離 馬場 頭数 人気 着順 時計 騎手 斤量 馬体重 1着馬(2着馬)
1976/10/9 中山 新馬 1200 8 1 1 1:11.0 中野渡清一 52 496 (オリオンダーダ)
1976/10/30 中山 いちょう特別 1200 9 1 1 1:10.5 中野渡清一 52 502 (シャダイエッセイ)
1976/11/21 東京 府中三歳ステークス 1600 5 1 1 1:37.9 中野渡清一 54 504 (ヒシスピード)
1976/12/12 中山 朝日杯三歳ステークス 1600 6 1 1 R1:34.4 中野渡清一 54 498 (ヒシスピード)
1977/1/22 中京 オープン 1600 5 1 1 1:36.4 中野渡清一 57 508 (ジョークィック)
1977/5/7 東京 オープン 1600 8 1 1 1:36.3 中野渡清一 57 520 (ロングイチー)
1977/6/26 中山 日本短波賞 1600 7 1 1 1:51.4 中野渡清一 58 506 (プレストウコウ)
1977/7/24 札幌 短距離ステークス ダ1200 5 1 1 R1:10.1 中野渡清一 54 512 (ヒシスピード)

距離別実績
距離区分 1着 2着 3着 連対率 主な勝鞍
1400m未満 22001.000
ダート1400m未満 11001.000
1400〜1900m未満 55001.000
1900〜2200m未満 0.000
2200〜2800m未満 0.000
2800m以上 0.000
芝コース通算77001.000 
ダートコース通算11001.000 

競馬場別実績
競馬場 1着 2着 3着 連対率 主な勝鞍
札幌11001.000
中京11001.000
中山44001.000
東京22001.000
通算88001.000 

5代血統表
Nijinsky
1967 鹿
Northern Dancer Nearctic Nearco Pharos
Nogara
Lady Angela Hyperion
Sister Sarah
Natalma Native Dancer Polynesian
Geisha
Almahmoud Mahmoud
Arbitrator
Flaming Page Bull Page Bull Lea Bull Dog
Rose Leaves
Our Page Blue Larkspur
Occult
Flaring Top Menow Pharamond
Alcibiades
Flaming Top Omaha
Firetop
シル
Shill
1970 鹿
Buckpasser Tom Fool Menow Pharamond
Alcibiades
Gaga Bull Dog
Alpoise
Busanda War Admiral Man o'War
Brushup
Businesslike Blue Larkspur
La Troienne
Quill Princequillo Prince Rose Rose Prince
Indolence
Cosquilla Papyrus
Quick Thought
Quick Touch Count Fleet Reigh Count
Quickly
Alms St.Brideaux
Bonus


作成 2012/05/26
検索エンジン等でこのページをご覧になられた方は、「厩戸」をクリックして「ご利用にあたって」をお読み下さい。
リンクはトップページのみで、このページを含む個々のページへのリンクは禁止します。

Copyright (C) 2000 Umayado Oji
inserted by FC2 system