トロットサンダー

Trot Thunder

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[競走成績][実績][血統表]

トロットサンダーの画像
画像提供 RACINGFIELDS.com
1989/5/10生 
牡  鹿毛
父:ダイナコスモス 母:ラセーヌワンダ (by テスコボーイ)
生産者:鵜川・フラット牧場(JPN)
馬主:(有)有匡、藤本照男氏
調教師:津金沢正男(浦和)、相川勝敏(美浦)、内藤一雄(美浦)

・地方所属時成績
四歳時 5戦 5勝
五歳時 3戦 2勝
六歳時 1戦 1勝
地方通算 9戦 8勝
・中央所属時成績
六歳時 2戦 1勝
七歳時 8戦 4勝 マイルチャンピオンシップ
八歳時 3戦 2勝 安田記念
中央通算 13戦 7勝
全通算 22戦15勝

[解 説]
 トロットサンダーは1989年鵜川のフラット牧場にて生まれた。父ダイナコスモスは1986年の皐月賞馬。四歳のラジオたんぱ杯で引退し、10戦5勝。母シャダイワーデンは社台ファームの基礎牝馬ナイトライトの血を受け継いだ馬で、その父は社台ファームを確固たる地位に導いたノーザンテースト。ダイナコスモスの父ハンターコムは欧州チャンピオンスプリンターで社台ファームが抱えるノーザンテースト産駒の肌馬につけるために導入された。ダイナコスモスは他の産駒としては、小倉大賞典、カブトヤマ記念に勝ったワンモアラブウェイ、地方大井で活躍したホウエイコスモスなどがいるが、全体的に低調である。母ラセーヌワンダーは1969年生まれ。これはロングエースタイテエムらと同じ世代である。現役時代は公営船橋で2戦未勝利。18頭の産駒のほとんどは地方競馬で活躍して、堅実な成績を残していた。トロットサンダーは彼女の16番目の仔である。配合されたダイナコスモスは1983年生まれだから16歳も年上女房である。生産者の佐藤氏によるとこの年20歳と繁殖牝馬のピークを過ぎてはいるものの、牧場のカマド馬であったラセーヌワンダーに、思い切ってスピード血統の若い種牡馬をつけたのだという。種付け料が30万円と安いのも魅力だった。フラット牧場は価格が安い代わりにさほどの活躍は望めない馬を生産することで経営を成り立たせていたのである。母の父テスコボーイはノーザンテースト出現前に日本を席巻した種牡馬でトウショウボーイをはじめ多くの大レースの勝ち馬を輩出した。母方5代父に戦前の大種牡馬シアンモアが名を連ねていることからわかるように、日本伝統牝系を受け継いではいる。しかし、もはやスピードも活力も失われた古ぼけた血統といわれても仕方がなかった。
 トロットサンダーは地味な血統からさほど期待されていたわけでなく、他のラセーヌワンダの子供たちと同様、1992年当然のように地方浦和・津金沢厩舎で静かにデビューした。育成牧場でけがをして四歳7月のデビューと遅れたが、持ち前のスピードで逃げまくり、5戦全勝と素晴らしさであった。
 五歳1月の初戦は本間騎手に乗り替わって2着に敗れたものの、その後2戦を完勝。しかし球節の骨折が発症して2月から休養に入った。本来なら競走生活を続行できないほどの重傷だったが、関係者はデビュー以来の圧倒的強さに大きな可能性を感じ取り、戦列復帰を待った。
 復帰は1年と3ヶ月後の六歳5月。大外枠の不利を克服しこれを完勝。これはただ者ではない。結局地方では9戦8勝という圧倒的強さで、かねてから進んでいた中央への移籍が7月に実現した。中央初戦は札幌の日高特別。地方で良績を残していたといっても、浦和の下級条件戦。しかも芝は初体験である。しかし4番人気で2着でまずは合格。再調整して12月の中山で勝ち名乗りをあげた。
 11戦しかしていないとはいえ、七歳となったトロットサンダーがG1タイトルを狙うには残された時間は多くはない。1月中山初富士Sを好タイムで勝つ幸先のいいスタート。まだ条件戦に出走できる身であったが、重賞中山記念に挑戦。オープン馬の壁は厚く7着と敗れた。東京の府中Sは自己条件の1600m戦とあって勝った。陣営は札幌記念、函館記念と再度重賞挑戦した。しかしともに7着に敗れた。2000mはこの馬にとって長い。陣営は天皇賞をあきらめマイルチャンピオンシップを狙うことにした。毎日王冠は天皇賞を目指す強力メンバーの中6番人気であったが3着に頑張った。続くアイルランドTは東京のマイル戦を1分33秒3の好タイムで圧勝、マイルCSを目指して西下した。
 この1995年の第12回マイルCSは確かな主役が不在であった。G1馬としてはレガシーワールドマーベラスクラウンの2頭が出走していたが、マイルに実績がなく調子を落としていた。なによりもこの2頭はせん馬であり走れる限りは勝算がなくとも走らねばならなかった。四歳時京成杯を勝ち、マイルにそこそこ実績のある、ビコーペガサスが武豊鞍上ということもあって1番人気に支持された。トロットサンダーは4番人気であった。エイシンワシントンが逃げる展開となりトロットサンダーと横山典弘は最後方に位置した。4コーナーを回ってヒシアケボノが先頭に立つが、まだトロットは後方で手応えも怪しい。しかし直線残り200mで鋭い末脚を繰り出して混戦を制した。2着に人気薄のメイショウテゾロが入り、馬連は10万4390円と大荒れになった。これまで1番人気が必ず連対し、もっとも堅く収まるG1競走として知られていたマイルCSだが、その傾向に終止符を打った。しかしその印象があまりに強烈だったので、その後この第12回マイルCSは勝ったトロットサンダーの名前よりも万馬券となった事実が多く語られることになった。
 八歳になってもトロットサンダーの末脚は衰えるところを知らなかった。東京新聞杯から始動。このレースは相川師が管理馬の名義貸しに関与していたということで4ヶ月の調教停止処分を受け、一時的に内藤厩舎に移っての参戦だった。得意のマイル戦ということで軽く1番人気に応えた。続く京王杯SCは3着に敗れた。もっとも距離が1400mと短いことと斤量が59キロということで2番人気であった。
 第46回安田記念は前年のマイルCSとは比較にならないほどの強力メンバーが集まっていた。まずドバイから送り込まれた前年の覇者にして前走京王杯SCを勝った外国馬ハートレイク。さらにデビュー以来どんな距離でも堅実な成績を残してきたタイキブリザード。しかもヒシアケボノフラワーパークのスプリントG1馬、皐月賞馬ジェニュイン、オークス馬ダンスパートナー、ジャパンカップ2着の女傑ヒシアマゾンらのG1馬も出走していた。それら豪華メンバーの中にあってトロットサンダーは1番人気に支持された。近走の成績も良く、1600m戦なら不敗という実績が評価されたのである。レースはいつものように後方から進み、直線逃げるヒシアケボノをタイキブリザートとともに追撃。そしてゴール前タイキブリザートとの馬体を合わせての叩き合い。ゴールはほぼ同時に飛び込んだ。長い写真判定の結果は外のトロットサンダーがハナ差制していた。まるでマイル戦のゴールを知っているかのような「見事な辛勝」であった。
 マイルG1を連覇し名実とともに現役最強マイラーとなったトロットサンダーは、天皇賞・秋を目指すことになった。しかし同年9月26日、トロットサンダーの中央移籍時、中央競馬の馬主資格のない人物にオーナーが名義貸していたことが判明、藤本オーナーは馬主登録を抹消。同時にトロットサンダーも強制的に引退を余儀なくされた。G1馬が競走能力に関係なくこのような形で引退するのは初めてのことであった。
 トロットサンダーは引退後、門別・ブリーダーズスタリオンステーションにて種牡馬となった。マイル戦に限れば8戦8勝。本当はもっと強いことを証明できたはずなのに、人間の勝手で引退させられたトロットサンダー。地方・浦和出身であること、そしてあまり公にはしたくない引退への顛末とあって、JRAとしてはあまりこの馬に関して積極的に広報材料として活用していないように感じられる。「臭いものには蓋」と思っているのかもしれない。トロットサンダーが優秀な繁殖成績を収めなければ、彼は注目を集めることなく、その傾向に拍車がかかることになるだろう。現在地方競馬を中心に中堅馬を輩出しているトロットサンダーではあるが、持ち前の反骨精神で1頭でもいいからG1馬を輩出して、JRAを見返したいところである。
2003年7月20日筆

日付 競馬場 競走名 距離 馬場 頭数 人気 着順 時計 騎手 斤量 馬体重 1着馬(2着馬)
1992/7/1 浦和 200万下 ダ1400 10 1 1 1:28.9 桃井十四秋 54 466 (ワンダースラッガー)
1992/7/29 浦和 226万下 ダ1400 9 1 1 1:28.8 本間光雄 54 464 (マコールビー)
1992/8/17 浦和 450万下 ダ1400 6 1 1 1:29.2 桃井十四秋 54 458 (ムサシワンダー)
1992/9/8 浦和 若武蔵特別 ダ1400 6 1 1 1:28.2 桃井十四秋 54 462 (ミタカダンサー)
1992/10/10 浦和 C1六・C2二 ダ1400 11 1 1 1:27.2 桃井十四秋 56 460 (シーガルレコード)
1993/1/3 浦和 C1四 ダ1400 10 1 2 1:29.4 本間光雄 55 480 コスモチュー
1993/1/21 浦和 C1三 ダ1400 11 1 1 1:29.1 本間光雄 55 476 (ヘイセイソブリン)
1993/2/21 浦和 ヒヤシンス特別 ダ1600 9 1 1 1:42.9 本間光雄 55 474 (イシノハワイアン)
1994/5/23 浦和 あやめ特別 ダ1600 9 1 1 1:40.6 桃井十四秋 55 480 (ハシモクロタカ)
1994/7/17 札幌 日高特別 1800 10 4 2 1:48.7 横山典弘 57 474 タケノクラウン
1994/12/4 中山 美浦特別 1800 14 1 1 1:47.7 横山典弘 56 468 (マイネルロカビリー)
1995/1/21 中山 初富士ステークス 1600 14 1 1 1:33.6 横山典弘 55 472 (クアドリフォリオ)
1995/3/12 中山 中山記念(G2) 1800 12 4 7 1:50.8 横山典弘 57 468 フジヤマケンザン
1995/5/20 東京 府中ステークス 1600 18 1 1 1:33.8 横山典弘 56 474 (シンコウキング)
1995/7/2 札幌 札幌記念(G2) 2000 13 1 7 2:01.8 横山典弘 55 468 スーパープレイ
1995/8/20 函館 函館記念(G3) 2000 16 3 7 2:03.4 横山典弘 56 474 インターマイウ
1995/10/8 東京 毎日王冠(G2) 1800 14 6 3 1:48.9 横山典弘 57 476 スガノオージ
1995/10/28 東京 アイルランドトロフィー 1600 11 1 1 1:33.3 横山典弘 55 476 (エアチャリオット)
1995/11/19 京都 マイルチャンピオンシップ(G1) 1600 18 4 1 1:33.7 横山典弘 57 474 (メイショウテゾロ)
1996/2/4 東京 東京新聞杯(G3) 1600 16 1 1 1:34.4 横山典弘 58 472 (メイショウユウシ)
1996/5/11 東京 京王杯スプリングカップ(G2) 1400 15 2 3 1:21.2 横山典弘 59 476 ハートレイク
1996/6/9 東京 安田記念(G1) 1600 17 1 1 1:33.1 横山典弘 58 472 (タイキブリザード)

距離別実績
距離区分 1着 2着 3着 連対率 主な勝鞍
1400m未満 0.000
1400〜1900m未満 117120.727 1995マイルチャンピオンシップ 1996安田記念
ダート1400〜1900m未満 98101.000
1900〜2200m未満 20000.000
2200〜2800m未満 0.000
2800m以上 0.000
芝コース通算137120.615 
ダートコース通算98101.000 

競馬場別実績
競馬場 1着 2着 3着 連対率 主な勝鞍
札幌20100.500
中山32000.667
京都11001.000 1995マイルチャンピオンシップ
東京64020.667 1996安田記念
函館10000.000
(浦和)98101.000
通算2215220.773 
括弧内は地方競馬所属時の実績

5代血統表
ダイナコスモス
1983 鹿
ハンターコム Derring-Do Darius Dante
Yasna
Sipsey Bridge Abernant
Claudette
Ergina Fair Trial Fairway
Lady Juror
Ballechin Straight Deal
Gilded
シャダイワーデン ノーザンテースト Northern Dancer Nearctic
Natalma
Lady Victoria Victoria Park
Lady Angela
シャダイプリマ マリーノ Worden
Buena Vista
ナイトアンドデイ ラティフィケイション
ナイトライト
ラセーヌワンダ
1969 栃栗
テスコボーイ Princely Gift Nasrullah Nearco
Mumtaz Begum
Blue Gem Blue Peter
Sparkle
Suncourt Hyperion Gainsborough
Selene
Inquisition Dastur
Jury
ラ・セーヌ リンボー War Admiral Man o'War
Brushup
Boojie Boojum
Foxiana
ラシフォード アスフォード Blandford
Athasi
ラシモア シアンモア
フレイム


作成 2009/12/ 4
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