[解 説]
当Web siteでは漢数字の馬齢は旧年齢表記、算用数字の馬齢は満年齢表記
アーモンドアイは2015年3月10日、北海道安平町のノーザンファームにて生まれた。父
ロードカナロアは2008年生まれで通算19戦13勝。香港スプリントを含む1200mのG1を5勝した2000年代最強のスプリンターで顕彰馬として殿堂入りしている。母
フサイチパンドラは2003年ノーザンファームで生まれ通算21戦4勝。2006年のエリザベス女王杯で1位入線した
カワカミプリンセスが降着、その繰り上がりで優勝したのが唯一のGI勝ちである。ノーザンファームで繁殖入りし9頭の産駒を得た。アーモンドアイは7番仔である。兄弟には活躍馬はいないが、未出走の1頭を除き全て勝ち上がっている。2017年に死亡した。母の父サンデーサイレンスは日本の競馬の水準を引き上げたアメリカ生まれの大種牡馬でその功績は説明不要だろう。
フサイチパンドラはサンデーサイレンス産駒の最後の世代である。
ノーザンファームで育成されたこの鹿毛の牝馬は、クラブ馬主のシルクレーシングより総額3000万円で募集され、アーモンドアイと名付けられた。その後ノーザンファーム早来で順調に育成された。
美浦の国枝厩舎に入厩したアーモンドアイは2017年8月6日、新潟の2歳新馬戦に初出走した。ルメール騎手を鞍上に1番人気に支持されたものの直線でヨレて2着に敗れたものの、その後10月東京の牝馬限定未勝利戦を圧勝して勝ち上がった。
2018年3歳となったアーモンドアイはいきなり重賞の
シンザン記念に出走した。ルメール騎手が騎乗停止中で戸崎騎手に乗り替わって挑んだ。後方から先行集団を一気に差し切り1番人気に応えた。国枝師はレース後の消耗を考慮し、桜花賞へはぶっつけで挑むことにした。
第78回桜花賞は4月8日、晴良馬場の阪神競馬場で開催された。ここには阪神JFを含む4戦無敗の
ラッキーライラックが出走していて、
シンザン記念以来2ヶ月ぶりで阪神は初コースだったアーモンドアイは評価が下げられ2番人気だった。アーモンドアイはスタートで後手を踏み後方からの競馬となった。しかし直線で外に進路を取ると、逃げ込みを図る
ラッキーライラックらを楽な手応えで差し切って優勝。時計も桜花賞レコードを0.2秒更新した。この時点ではまだ桜花賞を勝っただけだが、早くも大器の片鱗を漂わせていた。
第79回オークスは5月20日晴良馬場の東京競馬場で開催された。父
ロードカナロアは1600mまでしか出走経験がなく、2400mという距離への不安が懸念されたものの、母
フサイチパンドラはエリザベス女王杯を勝ちジャパンカップも好走していることから、最終的に圧倒的1番人気に支持された。レースは中団に構えて、4コーナーで先頭に取りつく積極的なルメール騎手の騎乗でリリーノーブルに2馬身差をつけて快勝した。走るたびにレース内容がよくなるアーモンドアイには牝馬三冠を上回る大偉業をやってのけるのではないかという予感さえ感じれた。
第23回秋華賞は10月14日晴良馬場の京都競馬場で開催された。アーモンドアイはオークスからぶっつけで牝馬三冠に挑戦することになった。ここまでアーモンドアイは十分間隔を開けて出走してきた。国枝師によるとアーモンドアイは常に全力で走るのでそのダメージが回復するのに時間が掛かるからだと説明していた。ファンはアーモンドアイと国枝師を信頼して単勝支持率60.1%の圧倒的1番人気に支持した。ペース配分の難しい京都2000mコースの秋華賞であったがルメール騎手はアーモンドアイを巧みに操った。やや発走で後手を踏んだものの中団でなだめるように待機。4コーナーで外から一気にまくりに出た。京都内回りは直線320mと短いが、アーモンドアイには十分射程内で、逃げ粘るミッキーチャームを1馬身半差をつけて優勝。史上6頭目の牝馬三冠を達成した。国枝師は
アパパネに続く2頭目の牝馬三冠馬を送り出した。また通算6戦のキャリアで三冠達成は牡牝合わせても最少であった。3歳牝馬の次走は牝馬限定GIであるエリザベス女王杯となるのが常道だが、国枝師はジャパンカップを選択した。
第38回ジャパンカップは11月25日、晴良馬場の東京競馬場で開催された。前年の勝ち馬
シュヴァルグラン、大阪杯勝ちの
スワーヴリチャード、前年の菊花賞馬
キセキなどが出走していたものの、いずれも信頼性が高いとはいえなかった。とはいえアーモンドアイはこの時3歳牝馬である。例えるなら大学生または社会人の男子の中に女子高生がいるようなものである。それでも女子高生アーモンドアイは彼らを凌駕する潜在能力を持っていると看破され1番人気に支持された。アーモンドアイは逃げる
キセキを見る2,3番手を進んだ。これはこれまで中団以下で前半を構えていたアーモンドアイにとって初めての展開だった。ハイペースを保ちながらそのまま直線になだれ込み、残り200mで
キセキを競り落とすと1着でゴールを駆け抜けた。勝ち時計を見てほぼ全員驚愕した。2分20秒6は東京競馬場のレースレコードであるのはもちろん、当時の世界レコードだったからだ。過去、3歳牝馬としては
ジェンティルドンナがジャパンカップを制しているが、スケール感においてそれを上回るものを感じさせた。牝馬三冠とこのジャパンカップのレコード勝ちを評価されて満票で年度代表馬に選出された。
2019年4歳となったアーモンドアイは果敢にドバイに遠征し、3月30日、芝1800mのドバイターフ(GI)に出走した。アーモンドアイは中団後方に構え、直線で先頭集団を射程内に入れると、鞍上のルメール騎手のムチが一発入れるだけで、すぐに後続を引き離した。同じく日本から遠征してきた
ヴィブロスを1馬身1/4降ろして優勝した。ちなみに4着も日本馬の
ディアドラで、1・2・4着を日本の牝馬が占めるという結果となった。レース前からすでに海外競馬関係者にもアーモンドアイの実力は評判になっていたが、その評価は揺るぎないものとなった。レース後国枝師は夏はインターナショナルステークスを叩いて秋は凱旋門賞に挑戦するというプランが発表された。しかしアーモンドアイはレース後熱中症のような症状が出て日本に帰国して国内戦に専念することになった。
第69回安田記念は6月2日、曇良馬場の東京競馬場で開催された。アーモンドアイはその実績から圧倒的1番人気に支持され、一昨年の2歳王者で重賞2連勝と評価復活した
ダノンプレミアム、前年の覇者
モズアスコットが対抗馬と目された。アーモンドアイと
ダノンプレミアムはスタート直後に、その外枠にいたロジクライの斜行の影響をモロに受けて大きく出負けしてしまった。
ダノンプレミアムは戦意を喪失して後方で喘いだのに対して、アーモンドアイは直線を迎えると先頭を伺う位置に上がってきた。そしてメンバー最速の3ハロン32秒4の末脚で先に抜け出した
インディチャンプを追い上げたが、
アエロリットにも届かず3着に敗れた。もしスタート直後の不利がなければ勝っていた可能性が高く、また不利があっても善戦したアーモンドアイの評価は下がることはなかった。夏場は休養に充てられ英気を養った。
第160回天皇賞・秋は10月27日、晴良馬場の東京競馬場で開催された。アーモンドアイは安田記念以来のレースであったが、アーモンドアイは久々は不利な条件となることはなく、安田記念以上の人気を集めた。対抗馬は皐月賞馬
サートゥルナーリア、そして
ダノンプレミアムといったところで、10頭のGI馬が出走していたものの、アーモンドアイの実績は際立っていた。アーモンドアイは他の馬は関係ないとばかりに中団から構えて、直線で内を突くと3馬身差をつけて優勝した。ルメール騎手はレース後「アーモンドアイは特別な馬。楽勝だった」と語って愛馬を称えた。天皇賞後、アーモンドアイは香港に遠征予定であったが、微熱を発症し、その後平熱に戻ったものの大事をとって遠征は取りやめ、有馬記念に矛先を向けることになった。こうして出走した有馬記念はファン投票1位であり当然のように単勝1番人気に支持された。しかし1周目のスタンドの大歓声に驚いたのか、懸かり気味に道中を進み、直線手前にはいい位置にいたものの、そこからの伸びはなく
リスグラシューの9着という、誰も予想しなかった大敗となった。
2020年5歳となったアーモンドアイは連覇のかかるドバイターフに招待され、3月18日にドバイに遠征した。しかしこの年世界に蔓延した新型コロナウイルス感染症の影響で22日に開催が中止が決定され、レースに出走することなく帰国した。関係者は感染予防のため2週間隔離され、アーモンドアイはいつも世話してくれる人のいない寂しい検疫となった。
第15回ヴィクトリアマイルは5月7日、晴良馬場の東京競馬場で開催された。のちにブリーダーズカップを制することになるオークス馬
ラヴズオンリーユーや連覇を狙う
ノームコアなど一流の牝馬が出走していたが、アーモンドアイにとっては敵ではないとみなされて圧倒的1番人気に支持された。無人のスタンド、歓声のない中スタートが切られた。アーモンドアイは危なげなくスタートを切ると中団に待機した。もうこうなるとアーモンドアイのもので直線で抜け出すと、ルメール騎手の軽い肩ムチ一発で気合いを入れられると、ほとんど持ったままでサウンドキララに4馬身差をつけて圧勝した。この勝利でGIは7勝目。獲得賞金は10億円を突破した。続いて前年の汚名を挽回せんと出走した安田記念は気持ちの高ぶったアーモンドアイが出遅れてしまい、後方からの競馬となった。しかも稍重の馬場で末脚を武器とするアーモンドアイには不利な状況であった。それでも直線で加速し前の馬を捉えにかかった。しかし先に抜け出していた
グランアレグリアに2馬身半差をつけられて敗れた。
グランアレグリアは元々ルメール騎手のお手馬であり、マイルではその強さを承知していたが、やはりマイルの範疇では専門家に分があったということだろうか。アーモンドアイは前年と同様、夏場は休養に充て、天皇賞・秋を目指すことになった。
第162回天皇賞・秋は11月1日、晴良馬場の東京競馬場で開催された。中距離馬はもちろん、強気なマイラーやジャパンカップや有馬記念を目指すチャンピオンも出走する天皇賞・秋は日本で最もレベルの高い競走である。この年の出走馬も宝塚記念を勝った
クロノジェネシス、天皇賞・春のフェールマン、菊花賞馬
キセキ、マイルが主戦場の
ダノンプレミアムが出走した。そんな中アーモンドアイは圧倒的1番人気に支持された。ただしアーモンドアイの威光を恐れて出走馬は12頭と少なかった。アーモンドアイはこの競走でひとつのジンクスに挑むことになった。それは
シンボリルドルフ、
ディープインパクト、
テイエムオペラオー、
キタサンブラック、
ウオッカ、
ジェンティルドンナなど歴史的な名馬もいずれも最大で芝GI級競走は7勝にとどまっていたことだ。アーモンドアイはこのジンクスを軽々と打ち破った。無理なく先行すると直線ではフェールマン以下を寄せ付けることなく完勝した。フェールマンとの着差は半馬身ではあったが、これはどこまで走っても詰まることはなかっただろう。アーモンドアイの次走は当初香港カップが考えれていた。しかしこの年はともに無敗で三冠を達成した牡馬の
コントレイルと牝馬のディアリングタクトが、まさに雌雄を決するべくジャパンカップに出走表明していて、彼らの陣営からもアーモンドアイに出走を促す挑戦状を叩きつけられていた。アーモンドアイは新型コロナの感染状況なども考慮して、ジャパンカップへの出走を決断し、これを引退競走とすることを表明した。
第40回ジャパンカップは11月29日、曇良馬場の東京競馬場で開催された。前述の通り、アーモンドアイ、
コントレイル、ディアリングタクトの3頭の三冠馬対決が実現し、海外の競馬メディアでも大きく注目された。秋になってから新型コロナの感染状況も落ち着き、観客も限定的ながら入場できることになった。まさに世紀の一戦のお膳立てが整えられた。人気はこの3頭が突出していたが、やはりアーモンドアイがその実績の前には無敗の三冠馬といえども簡単に覆させるものではなく、1番人気に支持された。スタートが切られるとアーモンドアイは4番手につけた。ディアリングタクトと
コントレイルはアーモンドアイを見るように中団に位置した。
キセキがスローペースで後続を離して逃げていたが、アーモンドアイとルメール騎手は全く慌てる素振りを見せることなく第4コーナーになだれ込んだ。
キセキが逃げ粘り、
メジロラモーヌと
シンボリルドルフの末裔で香港ヴァーズの勝ち馬グローリーヴェイズがそれを捉えんとしていたが、直線の坂を駆け上がりながらアーモンドアイは加速し、彼らをまとめて抜き去った。あとはゴールを目指すだけ。
コントレイルとディアリングタクトがさすがの脚で追い込んできたが1馬身1/4の差をつけてゴールを駆け抜けた。ここまで敵なしだった
コントレイルとディアリングタクトはこのレースの敗戦が堪えたのか、その後しばらく本来の走りを失ってしまった。有終の美を飾ったアーモンドアイは2頭の無敗の三冠馬に完勝したことで、現役最強馬であることを証明し、当然のように年度代表馬に選ばれた。
引退したアーモンドアイは生まれ故郷のノーザンファームで繁殖馬としての生活が始まった。産駒のデビューは2024年を予定している。レースには黒覆面に白いシャドウロールというやや厳つい格好していたが、明るい鹿毛に大きく見開いた目はまさしくアーモンドアイの名にふさわしく、まさに才色兼備とはこの馬のことをいうのだろう。同じノーザンファームの先輩である
ジェンティルドンナと何かと比較されるが、実績で上回っている上に、容貌に優れ、父母とも内国産馬という点で日本の馬産に金字塔を打ち立てた点で、評価は上にしなければならないだろう。2023年、顕彰馬に選定され殿堂入りした。いつも頑張って走るが故に体調不良に陥りやすく、有馬記念や安田記念で見せたような気の悪いところもあったが、体調が万全ならばいつも直線で全力疾走できた。平成の終わりに出現し、令和の時代に大記録を打ち立てたアーモンドアイがするべきことは、繁殖馬として令和の次の時代に通用する産駒の血統書にその名を残すことだろう。
2021年11月13日筆
2023年6月11日加筆