[解 説]
当Web siteでは漢数字の馬齢は旧年齢表記、算用数字の馬齢は満年齢表記
コントレイルは2017年4月1日、北海道新冠のノースヒルズで生まれた。父
ディープインパクトは日本競馬史上最強の実績を残した馬で、クラシック三冠に天皇賞・春、宝塚記念、ジャパンカップ、有馬記念を制した。種牡馬となってからの成績も素晴らしく、顕彰馬
ジェンティルドンナをはじめ、数多くの重賞勝ち馬を輩出した。種牡馬としてまだまだ活躍できた2019年8月、惜しまれながら永眠した。母ロードクロサイトは2010年米国産馬。その父アンブライドルズソングは2017年北米リーディングサイヤーで日本での産駒としてはNHKマイルC2着のアグネスソニックがいる。母Folkloreはブリーダーズカップジュベナイルフィリーズを勝っている。キーンランド1歳馬セールで、ノースヒルズ代表前田幸治氏の代理として矢作調教師によって落札された。現役時代はその矢作厩舎に入厩して7戦未勝利に終わっている。しかしロードクロサイトの購入目的は
ディープインパクトの花嫁としてだった。前田代表は慎重に配合した。いきなり
ディープインパクトをつけるのでなく、初年度はダートで実績のある
ゴールドアリュール、2年目は芝の短中距離馬
ダイワメジャーと、ともに
ディープインパクトと同じサンデーサイレンス産駒の種牡馬をつけた。それぞれの仔は実績こそ乏しかったものの、父親の特徴をよく引き継いだ馬格を持っていた。そして3年目となる2016年ロードクロサイトに本命の
ディープインパクトをつけ、コントレイルとなる仔を受胎した。
父の鹿毛、母の芦毛のどちらでもない青鹿毛にでた牡馬はコントレイルと名付けられ、ロードクロサイトを管理した栗東・矢作調教師の厩舎に入厩した。もちろんオーナーは生産者でもあるノースヒルズである。ノースヒルズは冠名も母親に因んだのでもないちょっと洒落た名前をつけることで知られている。コントレイルとは飛行機雲を意味する。全くの余談になるが90年代後半にそのものずばりのヒコーキグモという馬がいた。その父がまるで飛行機が飛んでいる音のようなキーンという名前なので、そこから連想したのではないかというもっともらしい話があるが、これは都市伝説である。閑話休題。ノースヒルズの馬で
ディープインパクト産駒といえばダービー馬
キズナがいた。この馬も青鹿毛であり、姿形はよく似ていた。しかし小柄で線が細く、牧場関係者の評価としては
キズナほどの活躍は期待できないだろうと思われていた。
2019年2歳となったコントレイルは9月阪神の新馬戦で福永祐一騎手を鞍上に初出走した。大外枠からスタートよく飛び出すと、2着に2馬身差をつけて1番人気に応えた。続く東京スポーツ杯2歳ステークス(G3)は福永が騎乗停止中のためムーア騎手が騎乗した。輪乗りで暴れてムーア騎手を振り落としたコントレイルだが、レースに向かうと強く、2歳レコードを1秒4も更新し初重賞勝ちを収めた。
有馬記念のあとに平日に開催されたホープフルステークスではコントレイルは1番人気に支持され、4番手から抜け出す横綱競馬で、パンサラッサを1馬身半差降ろして2歳GIを制した。鞍上の福永祐一騎手は3つの2歳GIを全て制することになった。皐月賞と同じ2000mに勝ったことで陣営はクラシック路線への自信を深めた。
2020年3歳となったコントレイルはノースヒルズの育成拠点大山ヒルズにて調整が進められた。この年新型コロナ感染症が広がり、3月頃には緊急事態宣言が発令され、学校は休校、不要不急の外出は禁止された。しかしそんな中でも競馬は無観客で継続され、他のプロスポーツが軒並み中止になる中、数少ない娯楽として競馬はかえって売上げを伸ばした。
第80回皐月賞は晴・良馬場の中山競馬場で開催された。無観客でガランとしたスタンドはまるで戦時中の能力検定競走を思い起こさせた。ホープフルステークスから直行したコントレイルが単勝支持率29.3%の1番人気、
ディープインパクト記念を勝ったサトノフラッグが21.7%の2番人気、朝日杯FSの勝ち馬
サリオスが21%の3番人気で拮抗した三強を形成した。コントレイルはスタートでやや後手を踏み、中団で待機することになった。3コーナーを過ぎると楽な手応えで一気に捲ると4コーナーでは先頭を伺った。直線でも脚が衰えず、内を突いてきた
サリオスを競り落とし半馬身差つけて優勝した。鞍上の福永騎手はこの勝利でクラシック競走全制覇を達成した。
第87回日本ダービーは晴・良馬場、相変わらず無観客の続く東京競馬場で開催された。コントレイルは1番人気、
サリオスが2番人気と皐月賞の上位入線馬に人気が集中したが、前回のように拮抗したものではなく、コントレイルが圧倒的な人気を得ていた。コントレイルはスタートよく3番手につけた。先行しても末脚が衰えることなく、他の馬など関係ないという感じで、2着
サリオスに3馬身差をつけて完勝、父
ディープインパクトに続く無敗のダービー馬が誕生した。鞍上の福永騎手によると、まだこのダービーのコントレイルはまだ遊びながら走っていたという。本気を出せば親子2代の無敗の三冠馬も夢ではない。関係者はそう思っていたのかもしれない。
ダービー後は大山ヒルズで放牧に出されて無事に夏を越したコントレイルは、中京競馬場で開催された神戸新聞杯に出走した。無敗の三冠を目指す以上負けられないレースであったが、コントレイルは直線で包まれる展開になりながらも、そこからの脚はすさまじく、2着のヴェルトライゼンデに2馬身差をつけて勝った。菊花賞に対して不安があるとすれば、それは3000mという距離と、初めてとなる京都コースということぐらいであった。
第81回菊花賞は晴・良馬場の京都競馬場で開催された。秋になるとコロナウイルスの感染状況が落ち着き、人数制限を設けて観客を入れるようになった。感染予防のため観客は大声を出せず、ひたすら拍手を送るとという他のスポーツイベントと同じ対応が採用された。春クラシックでライバルだった
サリオスが天皇賞・秋に路線変更したので、ライバルはヴェルトライゼンデ、アリストテレス、サトノフラッグといった新興勢力であった。コントレイルはもちろん圧倒的1番人気に支持された。コントレイルはスタートすると中団の前につけた。しかしルメール騎乗のアリストテレスはコントレイルを終始マークし、プレッシャーを掛けた。直線で先頭に立ったコントレイルだが、いつものように突き放す末脚はなく、アリストテレスに並びかけられた。過去このような展開で馬群に沈み三冠を逃した二冠馬は数多い。鞍上の福永騎手は不安が頭をよぎりながらも必死に追った。コントレイルはそれに応えて最後の粘りをみせ、クビの差アリストテレスを降ろし、親子2代の無敗の三冠を達成した。本来なら大歓声で祝福される偉業だが、この日は拍手がパラパラと聞こえただけだった。それでも史上最年長で三冠騎手となった福永騎手と矢作調教師にはその歓声なき歓声が聞こえたはずだ。
続いてコントレイルはジャパンカップに出走した。ここにはこの年史上初の無敗で牝馬三冠を達成したデェアリングタクトも出走表明していて、まさに雌雄を決する戦いになろうとしていた。さらにここに前々年の牝馬三冠にして前走天皇賞・秋で史上最多のGI8勝を達成した現役最強馬
アーモンドアイが、当初予定の香港カップではなく、このジャパンカップへの出走を決断し、これを引退競走とすることを表明した。この三つ巴の戦いは遠く海外からも注目された。レースはコントレイルが先行する
アーモンドアイを見る展開で進み、そのまま直線になだれ込んだ。これまでのレースではここからアクセルの一踏みで他馬を一蹴していたコントレイルだが、さすがに現役最強馬の
アーモンドアイはモノが違った。少しづつ差を詰めたものの東京の直線は抜き去るには距離が足りなかった。
アーモンドアイが1番人気に応え、コントレイルが2着、デェアリングタクトが3着と人気通りの決着になった。菊花賞、ジャパンカップと激闘続きでコントレイルは消耗し有馬記念の出走は回避した。無敗の三冠馬でありながら、ジャパンカップの敗戦で
アーモンドアイとの力のが明確になったことから、年度代表馬は
アーモンドアイに奪われた。
2021年4歳となったコントレイルは慎重にレースを選んだ。コントレイルには既にこの世にいない父
ディープインパクトの有力な後継種牡馬となる義務がある。しかしここで引退してしまうと、終生
アーモンドアイより下という評価になってしまう。
アーモンドアイを上回る実績を上げるには凱旋門賞制覇しかない。しかし、菊花賞やジャパンカップの戦いぶりを見ると、すでに限界点が見えているように思えた。したがって、看板に疵をつける可能性がある海外遠征をやめ、国内GIで無敵を証明するのが得策と陣営は考えた。菊花賞は辛勝だったことから天皇賞・春は回避し、大阪杯、宝塚記念、天皇賞・秋、ジャパンカップで引退する構想が描かれた。
コントレイルは大阪杯に姿を現した。無敗で三冠を達成した実力を持ってすれば、
アーモンドアイ以外の古馬に負けるとは考えにくいが、ファンは先のジャパンカップの敗戦のショックが響いていないかという点を心配した。単勝支持率44.4%の圧倒的1番人気ではあったものの、ファンの不安が見え隠れしていた。勝ったのは3強を形成した2番人気の
グランアレグリアや3番人気の
サリオスではなく、素質がありながら秋華賞に抽籤で出走できなかった無敗牝馬
レイパパレだった。コントレイルは重馬場で脚が動かなかったのか、
レイパパレから4馬身3/4差の3着に敗れ去った。負けが許されない立場での敗戦。陣営はより慎重になり、宝塚記念を回避し、体制を立て直すことになった。
コントレイルは天皇賞・秋に出走した。コントレイルは今度こそという気持ちも込められて1番人気に支持された。2番人気の
グランアレグリアは大阪杯で先着していたから多少軽視していたかもしれないが、菊花賞を捨ててここに挑んできた3番人気の3歳馬エフフオーリアは脅威に感じていた。コントレイルの不安は的中する。抜け出した
エフフォーリアを1馬身差捉えることができなかった。大阪杯がGI初出走の牝馬に負けて3着、天皇賞・秋が3歳馬の若造に届かずの2着。引退レースとなるジャパンカップはコントレイルにとって失地回復、名誉挽回、絶対に負けられない戦いとなった。
第41回ジャパンカップは晴・良馬場の東京競馬場で開催された。コントレイルの他にも
マカヒキ、マグネリアン、シャフリアールと史上最多の4頭のダービー馬が出走した。しかしコントレイルにとっては古馬になってから最も楽なメンバーだった。単勝支持率47.2%の1番人気に支持された。コントレイルはどんな展開でも対応できる中団に待機した。直線に入ると3番人気オーソリティとシャフリアールが競り合った。この日のコントレイルは自信たっぷりだった。この2頭を外から一気に抜き去るとオーソリティに2馬身差をつけて優勝した。絶対に負けられない戦いに勝利して引退。この日の東京競馬場に広がった青空に、見事な飛行機雲を描いてターフを去った。コントレイルは最優秀古馬牡馬で表彰されたものの、年度代表馬には選出されなかった。年度代表馬は天皇賞秋でコントレイルを破り、有馬記念を勝った
エフフォーリアであった。
翌2022年引退したコントレイルは社台スタリオンセンターにて種牡馬として供用された。父
ディープインパクト産駒で最高の成績を残した馬と評価され、種付け料は1200万円と最高額の
ロードカナロア、エピファネイヤに次ぐ高額に設定された。初年度は未知の魅力でこのような種付け料とされたが、産駒の結果によっては、幾多の名馬がそうであるように種牡馬として都落ちをすることになる。そうならない決め手は2025年にデビューする初年度産駒に掛かっている。
コントレイルは無敗の三冠馬でありながら、そのほとんどをコロナ禍で無人または少人数のスタンドで競走生活を終えたためファンの十分な祝福や称賛を受けられず、古馬の成績がやや物足りないこともあって、競馬ファン以外には知名度が今一歩だ。2024年には顕彰馬として殿堂入りを果たしたものの、殿堂入りした馬として箔をつけるためにはどうしても産駒成績が必要だろう。
ディープインパクト級の成功は難しいだろうが、せめてGIを勝つような馬が数頭輩出できるような種牡馬成績を期待したいところだ。
2022年4月17日筆
2024年6月4日加筆