[解 説]
当HPでは漢数字の馬齢は旧年齢表記、算用数字の馬齢は満年齢表記
グラスワンダーは1995年アメリカで生まれた外国産馬である。父シルヴァーホークSilver Hawkはアメリカ産。競走成績は二流だが、ロベルト系種牡馬として成功。日本に馴染みのある馬としては1990年ジャパンカップに来日したホークスター。毎日杯などを勝ったミラクルタイムがいる。母アメリフローラAmerifloraはアメリカ産の不出走馬。このグラスワンダーが初仔である。母の父ダンジグDanzigは91〜92年北米リーディングサイヤーに輝いたアメリカ代表する種牡馬で、芝ダート不問でそのスピードを産駒に伝えている。
半沢(有)の持ち馬として美浦の尾形充弘厩舎に入厩。デビューは中山での新馬戦を出遅れながらも3馬身差の楽勝。つづく東京でのアイビーSも5馬身差の快勝。さらに京成杯三歳ステークスも6馬身差の圧勝。世間はこの栗毛をかの
マルゼンスキーの再来かと注目し始めた。三歳チャンピオン決定戦朝日杯三歳Sでは圧倒的1番人気で迎えられた。ここには函館三歳ステークスの勝ち馬でのちに海外G1を2勝する
アグネスワールドが出走、強化された相手に対してどんな勝ち方をするのかという点に興味が持たれた。果たして終始外を回って他馬を圧倒。1分33秒6という驚異的なレコードタイムで全国にその名を轟かせた。彼のこの4戦をもって年度代表馬の声も上がるほど鮮烈な三歳競馬であった。
四歳はNHKマイルカップを目標とされたが、春を迎えて骨折が判明。復帰は10月の毎日王冠からとなった。ここには快速の逃げ馬
サイレンススズカ、グラスワンダーの同期でNHKマイルCを制し無敗街道を走っていた外国産馬
エルコンドルパサーが出走し、ファンの興味をかき立てた。グラスワンダーは積極的にレースを進めたものの、
サイレンススズカの快速を捕らえることができず5着に敗れた。ジャパンカップを回避し、メンバーが手薄なアルゼンチン共和国杯に出走。しかしここも前回より悪い6着に惨敗。よくある早熟馬ではないかとファンは失望し、有馬記念では4番人気まで評価が下げられてしまった。しかしグラスワンダーは怪物だった。直線半ばで先頭に立つと朝日杯を思い出したかのような脚で
メジロブライトの追撃を振りきって優勝した。外国産馬による有馬記念制覇は史上初。また史上最短の7戦のキャリアでの優勝であった。
五歳は産経大阪杯からの予定であったが、京王杯SCから始動。有馬記念より一気に1100m短縮された距離もまったく問題なく、
エアジハード以下に完勝。断然の1番人気で迎えられた安田記念であったが、
エアジハードの逆襲を許し、ハナ差2着に敗れた。次の宝塚記念では同期でダービー、天皇賞を制していた
スペシャルウィークと初対決。2強の一角として2番人気に支持されたものの、ファンの評価は
スペシャルウィークの方がはるかに上で、凱旋門賞を目指す壮行レースとの見方すらあった。しかしグラスワンダーは先行する
スペシャルウィークを直線入り口で捕らえると、並ぶ間もなく突き離し、3馬身差をつけて圧勝。
スペシャルウィークの海外遠征の夢を打ち砕いた。
五歳秋緒戦は毎日王冠。格下メンバーで楽勝が予想されたが、メイショウオウドウを辛うじてハナ差凌ぐという冷や汗の勝利であった。ジャパンカップを筋肉痛で回避し、有馬記念に直行。当日明らかに体調不良であったが、ライバルの
スペシャルウィークにも激戦の疲れが懸念されたことと、昨年の復活劇が印象に残っているファンは1番人気に支持した。レースは超スローペースで流れた。武豊鞍上の
スペシャルウィークは宝塚記念の二の足は踏むまいと、末脚勝負で後方待機のグラスワンダーよりさらに後ろに位置した。グラスワンダーが去年と同様に直線坂下からエンジン全開しゴールを目指す。そこに
スペシャルウィークが襲いかかってきた。的場騎手のステッキに促されて必死に逃げ込みを計るグラスワンダーと馬体を合わせたところがゴールであった。長い写真判定の結果はグラスワンダー。ゴール前の脚色は完全に
スペシャルウィークであったが、ゴール線上では辛くもクビを下げていたのだった。まさに根性の勝利であった。
六歳となった2000年、グラスワンダーは前年有馬記念で燃え尽きたかのようであった。凱旋門賞に挑戦するという陣営の意気込みとは裏腹に、初戦の日経賞を6着、京王杯SCを9着と凡走。そして宝塚記念ではデビュー以来騎乗していた的場騎手から蛯名騎手に乗り替わったものの、
テイエムオペラオーの6着と惨敗。競走中故障発生し、そのまま引退。種牡馬になることができたのは不幸中の幸いであった。
グラスワンダーは社台スタリオンにて種牡馬生活に入った。グラスワンダーは
エルコンドルパサーや
スペシャルウィークに劣らぬ繁殖成績を上げた。
スクリーンヒーローが人気薄でジャパンカップを制し、
セイウンワンダーが朝日杯フューチュリティSを勝って親仔制覇を達成した。グラスワンダーのすごいところは孫、曾孫とその能力を確実に伝えるところだ。まず母の父として
メイショウマンボがオークスとエリザベス女王杯を制した。さらに
スクリーンヒーローが安田記念、天皇賞・秋、香港カップなどGI6勝した
モーリスと有馬記念を制した
ゴールドアクターを輩出した。そしてさらに
モーリス産駒の
ピクシーナイトがスプリンターズステークスに勝って、父子四代でのGI競走制覇を達成した。2007年にブリーダーズ・スタリオン・ステーションに移動し、2016年にビッグレッドファームに移動して種牡馬生活を続けた。2020年には種牡馬を引退し、現在は明和牧場にて余生を過ごしている。
エルコンドルパサー、
スペシャルウィークなど超A級の馬を輩出した1995年生まれのサラブレッド。彼らとともに「三強」と並び称せられ、実際
スペシャルウィークに2戦2勝の実績を残したグラスワンダーにはその称号に疑う余地はない。しかし前述の2頭が歳を経るごとに精神的に成長していったのに対して、三歳時の見せた高い素質だけで走っていたような印象を抱く。つまり天才特有の気まぐれがレースを順調に使えなかったり、実際のレースでも気を抜くところがあったのであろう。あるいはあまりに並はずれた瞬発力が自らの脚を痛めたのかもしれない。それでも朝日杯以降3つのG1を得たのはここぞというときの勝負根性が優れていたからであろう。脚を高々と上げる独特のフォームはまさに「栗毛のワンダーホース」であった。
2001年5月5日筆
2022年4月3日加筆