［解　説］当ＨＰでは漢数字の馬齢は旧年齢表記、算用数字の馬齢は満年齢表記
　ヒサトモは1934年(昭和9年)４月下総御料牧場にて生まれた。父トウルヌソルは小岩井農場のシアンモアと並ぶ戦前における日本の代表的な種牡馬で、下総御料牧場の至宝ともいうべき存在。ダービー馬ワカタカ、クモハタ、クリフジをはじめ数多くの大レースの勝ち馬を出している。母の星友（英名Alzada）は下総御料牧場がアメリカから輸入した馬で、牝馬ながら雄大な馬格を有していたと伝えられている。
　北海道で艀運走業を家業としていた宮崎信太郎氏の持ち馬として、阪神鳴尾の中島時一厩舎に入厩したヒサトモは、関西馬でありながら３月末、中山の新呼競走で初出走した。中山で初出走となったのはダービーまであと１ヶ月しかなかったからであろう。初戦は頭、頭差の3着だったが、その後連勝。そして東京の不良馬場を2着して、4戦2勝でダービーに挑むことになった。
　1937年（昭和12年）4月29日、第6回日本ダービーは史上初の快晴、良馬場に恵まれた。１番人気は阪神の御賞典競走でレコード勝ちした関西馬ゼネラルで単勝支持率は52%。２番人気はのちに第１回天皇賞とされることになる帝室御賞典を制するハツピーマイトで単勝支持率は22%。ヒサトモは単勝支持率6%の４番人気。人気では大きく水を開けられたヒサトモであったが、ここまで関東でしか走っていなかったため、牝馬ながらファンの間では知名度が高かった。ヒサトモには調教師の中島時一師が騎乗し、大久保房松師が調教管理を行った。レースはミスターシービーが逃げる展開となった。このミスターシ-ビーは群馬県千明牧場の生産馬でこの名は後に同牧場が生産した期待馬に引き継がれることになる。第50代ダービー馬で三冠馬のミスターシービーである。ヒサトモは二番手を進んだ。１コーナーで2番人気のハツピーマイトは腹帯がはずれるアクシデント。ゼネラルも馬群に揉まれていた。これに対してヒサトモは快調に飛ばし、向正面ではミスターシービーをかわして先頭に踊り出ていた。直線に入っても逃げ足は衰えることなく、後方に待機していたサンダーランドの追い込みを1馬身1/4凌ぎ優勝した。史上初めて牝馬によるダービー制覇が達成された。2着のサンダーランドも牝馬で、この記録は恐らく不滅の記録となるだろう。関西馬の優勝もダービー史上初でしかも1着から4着まで独占した。また初めての良馬場開催で、勝ち時計2分33秒3は当然レコード更新となった。
　ヒサトモはダービーに勝ったあと7連敗してしまう。しかし五歳春に鳴尾で勝って連敗を止めた。その後の帝室御賞典は３着だったが、その後6連勝。東京の帝室御賞典を含めて11勝をあげた。重い斤量と戦いながら横浜農賞、牝馬特別といった当時の高額賞金競走を制して、通算成績は26戦14勝、収得総賞金は98,981円に達した。
　ヒサトモは「久友」と名を変えて繁殖生活に入った。しかし仔出しが悪かった上、サチトモ、ヒサトマン、ブリユーリボンなどを出したものの、競走成績は芳しくなかった。さらに大東亜戦争（太平洋戦争）が勃発し世は競馬どころではなくなってしまった。敗戦後の混乱する世相の中でオーナーは久友を売却。1947年競走馬ヒサトモとして復活。地方競馬の柏、八王子、浦和等を転戦したが、十四歳のヒサトモには闘争心はもはや消え失せていた。失意のうちに1949年11月19日に浦和競馬場で調教中、心臓発作で他界した。
　ところがヒサトモはこれで終わらなかった。数少ない産駒の子孫から地方競馬で活躍馬が現れ、ダービー馬の看板に魅せられた生産者によって血統が守られた。ヒサトモから数えて三代目トウカイクインが中央で６勝をあげて繁殖入りすると、その娘トウカイミドリが1984年のオークス馬トウカイローマンを生み出した。そしてトウカイミドリの妹トウカイナチュラルがシンボリルドルフの種を得て、1991年のダービー馬トウカイテイオーを輩出した。トウカイテイオーは父子２代の無敗のダービー馬というだけでなく、母方もダービー馬の子孫なのである。ヒサトモの子孫はほとんどトウカイテイオーらのオーナー内村正則氏によって所有されている。その子孫の中からもう一度、トウカイローマンやトウカイテイオーのような奇跡が起きることを期待したい。
2006年1月1日筆