カブトヤマ成績
1930/3/5生 1951/8/13没
牡  鹿毛
父:シアンモア 母:アストラル (by チヤペルブラムブトン)
生産者:岩手・小岩井農場(JPN)
馬主:前川道平氏
調教師:大久保房松(中山)

・中央所属時成績
四歳時10戦 4勝 東京優駿
五歳時19戦 8勝 帝室御賞典
中央通算 29戦12勝
全通算 29戦12勝
[解 説]当HPでは漢数字の馬齢は旧年齢表記、算用数字の馬齢は満年齢表記
 カブトヤマは1930年岩手の小岩井農場にて生まれた。父シアンモアは1924年英国生まれ。現役時代は14戦3勝、英国ダービー3着などの実績がある。1927年に小岩井農場が12万円で購入、翌年より日本で供用された。下総御料牧場のトウルヌソルとともに昭和初期における二大種牡馬の双璧として君臨した。代表産駒としてはカブトヤマの他にガヴアナーフレーモアのダービー馬、オークス馬アステリモア、桜花賞馬ヤマイワイ、天皇賞馬ロツキーモア、クリヒカリ、ゼネラル、ミナミモアなどを輩出した。これら直仔の活躍だけでなく、小岩井農場の牝馬と配合されて多くの名馬の祖先となり、今日なお影響を与え続けている。母アストラルは下総御料牧場産の名牝で、東京の帝室御賞典などを含め16勝した女傑でカブトヤマは2番仔である。繁殖成績も素晴らしく、カブトヤマの後にも全弟としてダービー馬ガヴアナー、天皇賞馬ロッキーモアなどを輩出し、さらにその牝系のから出たオークス馬オーハヤブサの娘ワールドハヤブサは千代田牧場の重要な基礎牝馬となり、その子孫にはビクトリアクラウンニッポーテイオータレンティドガールなど錚々たる名馬が出ている。アストラルの祖母ビューチフルドリーマーは1906年に小岩井農場が英国から基礎牝馬と輸入した20頭のうちの1頭で、その子孫にシンザンメイヂヒカリの2頭の顕彰馬の他、数多くの大レース勝ち馬を送り出している。近年も桜花賞馬テイエムオーシャンを出しているように勢いは衰えず、日本を代表する牝系を形成している。
 カブトヤマは小岩井の一番馬として前評判も高く、のちにカブトヤマの調教師で全レースに騎乗することになる大久保房松氏と伊勢丹社長前川道平氏によって2万150円で落札された。 ちなみに当時のダービーの賞金が1万円であるから破格の高値である。1933年3月25日中山での新呼馬をクビの差で勝つと、優勝戦3着を叩いて、4月23日のダービーに挑んだ。現在では考えられないローテーションだが、当時は三歳競馬はなくダービー開催時期も早かったので、登録さえしてあれば出走可能であった。この日の目黒競馬場は前日の土砂降りの影響で馬場状態は稍不良、暗雲が空を覆い視界もきかなかった。この年のダービーは関西から来たアスリートの前評判が高く、カブトヤマは道悪不得手が懸念されて三番人気であった。騎乗した大久保房松騎手は減量に失敗し、当日39度の高熱に苦しんでいた。馬主の前川氏に代役を提案したが、前川氏は「あなたが好きな馬だというので買ったんだから、あなたが乗りなさい」と逆に奮起を促した。腹をくくった大久保騎手は道悪不得手のカブトヤマの能力を引き出すため、終始外コースの好位を進み、直線抜け出すと、牝馬メリーユートピアとの叩き合いの末、4馬身差をつけて第2代のダービー馬となった。大久保騎手はレースが終わると不思議なことに熱が下がっていたという。当時は宮内省直轄の下総御料牧場と三菱財閥系の小岩井農場が二大生産牧場であったが、小岩井農場は御料牧場産駒のワカタカが勝った第1回ダービーの雪辱を果たしたわけである。
 五歳となり宿願の帝室御賞典を福島で獲得、目黒記念にも勝った。中山での五歳馬特別を最後に、通算29戦12勝で引退した。翌1935年3月より青森県東北牧場にて種牡馬となった。
 1947年、大東亜戦争(太平洋戦争)による2年間の中断から再開されたダービーは大久保房松師が管理する牝馬トキツカゼが有力視されていた。そのトキツカゼをアタマ差振り切ってゴールに飛び込んだのは、かつて自ら管理したカブトヤマ産駒のマツミドリであった。大久保師は「カブトヤマの仔に負けたのなら本望だ」と悔しさをかみ殺した。マツミドリの勝利は「ダービー馬はダービー馬から」という格言をはじめて実現した。関係者の喜びは大きいものであったらしく、早くも同年11月「カブトヤマ記念」競走が創設され、記念すべき第1回はトキツカゼが勝った。ちなみにこのレースで8着したブラウニーは桜花賞と菊花賞に勝った強豪牝馬で母の父はカブトヤマである。
 カブトヤマはマツミドリ以外に大物を出せず、1951年8月13日老衰で永眠した。「カブトヤマ記念」は1973年までは四歳馬による別定戦で行われていたが、74年からは四歳以上ハンデキャップの父内国産馬限定重賞となった。開催地は中山、東京で行われていたが1980年より福島1800mで定着した。しかし2004年に父内国産馬限定競走が大幅に縮小され、「カブトヤマ記念」は古馬牝馬限定重賞に変更されることになり、カブトヤマは牡馬であることから「福島牝馬ステークス」とその名を改めることになった。これでカブトヤマ記念競走は事実上58年の歴史を閉じることになった。
 過去の名馬の名を冠した重賞競走は「カブトヤマ記念」の他に「セントライト記念」と「シンザン記念」、それに「トキノミノル記念」とサブタイトルが付く「共同通信杯」がある。しかしカブトヤマはこれらの馬と比べて知名度が低すぎた。実際馬の名前ではなく、どこかの山の名前と認識しているファンも多かったのではあるまいか。しかし競走馬生産のひとつの目標である「ダービー馬はダービー馬から」の格言をはじめて実現した歴史的な馬であり、そういう意味では「中日新聞杯」ではなくて、この「カブトヤマ記念」を父内国産限定重賞として残し、少しでも長くその名を後世に残すべきではなかっただろうか。
2004年1月11日筆
競走成績
日付 競馬場 競走名 距離 馬場 頭数 人気 着順 時計 騎手 斤量 1着馬(2着馬)
1933/3/25 中山 新呼馬 2000 7 2 1 2:11.2 大久保房松 55 (エーシャンモア)
1933/4/3 中山 新呼馬優勝 2200 7 1 3 --- 大久保房松 55 エーモア
1933/4/23 目黒 東京優駿 2400 稍不 19 3 1 R2:41.0 大久保房松 55 (メリーユートピア)
1933/9/27 鳴尾 古呼馬特ハン 2000 11 3 2 --- 大久保房松 62 エツフオード
1933/10/1 鳴尾 新古牡馬 2000 11 1 1 2:08.4 大久保房松 59 (アサヤス)
1933/10/6 鳴尾 農林省賞典 3200 4 1 1 R3:27.3 大久保房松 56 (トラストフル)
1933/10/28 中山 古呼馬特ハン 2000 12 2 4 --- 大久保房松 59 ハクセツ
1933/10/30 中山 呼馬 2000 5 1 2 --- 大久保房松 63 イサハヤ
1933/11/3 中山 中山四歳特別 2400 稍不 10 1 4 --- 大久保房松 63 レツドサン
1933/11/26 目黒 新古呼牡馬 1800 15 1 12 --- 大久保房松 63 ロックライト
1934/3/24 中山 古呼特ハン 2000 7 3 1 2:06.3 大久保房松 69 (タイホウ)
1934/4/1 中山 五歳馬特別 2800 3 1 3 --- 大久保房松 63 ワカミチ
1934/4/8 中山 呼馬優勝 2600 6 1 2 --- 大久保房松 63 タイホウ
1934/4/15 東京 帝室御賞典 2000 5 3 3 --- 大久保房松 67 ミラクルユートピア
1934/4/21 東京 五歳馬特別 2400 4 2 3 --- 大久保房松 66 ワカミチ
1934/4/27 東京 新古馬ハンデ 1800 10 1 1 R1:54.4 大久保房松 69 (ロックライト)
1934/4/29 東京 古馬優勝 2600 5 2 5 --- 大久保房松 65 テーモア
1934/5/2 横浜 呼馬優勝 2600 4 2 2 --- 大久保房松 66 デンコウ
1934/5/5 横浜 オールカマーハンデ 2000 7 1 2 --- 大久保房松 62 タイホウ
1934/5/6 横浜 帝室御賞典 2000 3 2 3 --- 大久保房松 68 タイホウ
1934/5/18 横浜 呼馬ハンデ 2200 5 1 1 2:22.2 大久保房松 67 (レッドサンド)
1934/6/18 福島 帝室御賞典 1800 9 1 1 1:54.2 大久保房松 58 (ヤヘヒカリ)
1934/10/2 横浜 オールカマーハンデ 2200 11 5 2 --- 大久保房松 69 ライリキ
1934/10/28 横浜 横浜特別 3200 8 1 2 --- 大久保房松 67 ハッピーランド
1934/11/1 東京 古馬特ハン 2000 7 1 1 2:07.2 大久保房松 69 (フレーモア)
1934/11/3 中山 古呼馬特ハン 2000 5 1 3 --- 大久保房松 68 ハッピーランド
1934/11/12 東京 目黒記念 3400 5 2 1 3:44.1 大久保房松 69 (ライリキ)
1934/11/17 東京 五歳馬特別 2400 4 1 1 2:34.2 大久保房松 72 (ハッピーランド)
1934/12/7 中山 五歳馬特別 3200 4 1 1 3:37.2 大久保房松 62 (ハッピーランド)
距離別実績
距離区分 1着 2着 3着 連対率 主な勝鞍
1400m未満 0.000
1400〜1900m未満 32000.667 1934帝室御賞典
1900〜2200m未満 114330.636
2200〜2800m未満 103320.600 1933東京優駿
2800m以上 53110.800
芝コース通算2912760.655 
競馬場別実績
競馬場 1着 2着 3着 連対率 主な勝鞍
中山103230.500
福島11001.000 1934帝室御賞典
横浜61410.833
東京74020.571
鳴尾32101.000
目黒21000.500 1933東京優駿
通算2912760.655 

5代血統表
シアンモア
Shian Mor
1924 黒鹿
Buchan Sunstar Sundridge Amphion
Sierra
Doris Loved One
Lauretta
Hamoaze Torpoint Trenton
Doncaster Beauty
Maid of the Mist Cyllene
Sceptre
Orlass Orby Orme Ormonde
Angelica
Rhoda B. Hanover
Margerine
Simon Lass Simontault St.Simon
Datura
Kilkenny Lass Lesterlin
Standon Girl
アストラル
1921 栗
チャペルブラムプトン Beppo Marco Barcaldine
Novitiate
Pitti St.Frusquin
Florence
Mesquite Sainfoin Springfield
Sanda
St.Silave St.Serf
Golden Iris
種義 ダイヤモンドウェッディング Diamond Jubilee St.Simon
Perdita
Wedlock Wenlock
Cybele
ビューチフルドリーマー Enthusiast Sterling
Cherry Duchess
Reposo Amphion
Monotony
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