[解 説]
当Web siteでは漢数字の馬齢は旧年齢表記、算用数字の馬齢は満年齢表記
キタサンブラックは2012年3月10日北海道日高町のヤナガワ牧場にて生まれた。父ブラックタイドはノーザンファームの生産馬で現役時代は22戦3勝。2004年のスプリングステークスが主な勝ち鞍で同時に最後の勝利でもある。皐月賞は2番人気で迎えられたものの
ダイワメジャーの16着に大敗している。GI競走の出走はこの皐月賞が最後であり、その後はオープン特別2着3回が最高成績であった。こう書くと平凡な早熟馬でしかないが、1歳下の弟
ディープインパクトが無敗で三冠馬となると、その兄として注目され、先に引退した歴史的名馬の全兄という血統を買われて種牡馬となることができた。初年度は150頭の種付けを行い、デイリー杯2歳Sを勝ったテイエムイナズマを、翌年も毎日杯を勝ったマイネルフロストを輩出した。翌々年もこのキタサンブラックの他阪神ジャンプSなどを勝ったタガノエスプレッソを出している。母シュガーハートはヤナガワ牧場期待の牝馬であったが、故障のため未出走で繁殖牝馬となった。シュガーハートの母オトメゴゴロは社台ファームの生産馬で現役時代は20戦4勝。オトメゴコロの父はジャッジアンジェルーチ、母テイズリーという血統で、その地味さもあってか売りに出されたのをヤナガワ牧場が購入した。母の父
サクラバクシンオーはスプリングSを連覇した日本最初の本格的スプリンターというべき名馬で、種牡馬としても成功し高松宮記念を勝った
ショウナンカンプ、
ビッグアーサー、朝日杯FSとNHKマイルCを勝った
グランプリボスなどを優秀な短距離馬を輩出した。実は
サクラバクシンオーも社台ファームの生産馬で天皇賞馬
アンバーシャダイの妹であるサクラハゴロモに毎日王冠と天皇賞・秋をレコード勝ちした
サクラユタカオーを掛けた馬である。つまりキタサンブラックは日高の生産馬であるものの父母ともども社台ノーザングループの影響が濃い血統といえる。
さてキタサンブラックと名付けられる鹿毛の仔馬はこのヤナガワ牧場に50年来の付き合いのある日本演歌界の大御所北島三郎氏によって購入された。購入価格は350万円とその後の活躍を考えると破格の安値であった。「顔が自分に似て二枚目」という理由で購入した北島氏にしても、大して期待していなかったに違いない。ちなみに馬主の大野商事とは北島三郎氏の本名である大野を冠した資産管理会社である。育成牧場に移ったキタサンブラックは順調に成長し、2歳秋に栗東の清水久詞師の厩舎に入厩した時には馬体重500キロを越えるまでになっていた。
3歳となった2015年、キタサンブラックは東京の1月の新馬戦で後藤浩輝を鞍上に初出走しこれを快勝した。続く2月の条件戦にも勝ち、その勢いで重賞のスプリングSに挑戦し、2歳王者の
ダノンプラチナを下し、皐月賞への優先出走権を得た。ところがキタサンブラックは本格化が4歳以降と見て皐月賞やダービーに出走するためのクラシック登録をしていなかった。しかし陣営はクラシック路線への挑戦を決め、馬主の北島氏は追加登録料200万円を支払って勝負に出た。浜中俊に乗り替わっての皐月賞は
ドゥラメンテの内田騎手の大胆な騎乗に屈して3着。北村騎手に手戻りしたダービーは先行しながら粘れず
ドゥラメンテの14着に大敗した。夏場は休養に充て、秋は
セントライト記念から始動。馬体にはまだ余裕があったが、これに勝って菊花賞への優先出走権を得た。
第76回菊花賞は10月25日、晴良馬場の京都競馬場で開催された。春二冠馬の
ドゥラメンテは故障で不在であり戦国の様相を見せていた。キタサンブラックは前哨戦を勝ったにも関わらず、ダービーの大敗が嫌われてか5番人気と後から考えても低評価だった。しかし530キロの巨体で果敢に先行しリアルスティールの追撃をクビの差振り切って優勝した。馬主歴の長い北島氏にとって初めてのGI競走制覇であった。
続く有馬記念は横山典弘騎手で挑み、4番人気に支持され果敢に逃げたものの、
ゴールドアクターとサウンズアースの人気薄2頭で決まる波乱の結果となり、キタサンブラックはどうにか3着に残った。
2016年4歳となったキタサンブラックは大阪杯から始動した。鞍上は武豊に乗り替えとなり、以後キタサンブラックは彼の騎乗で挑むことになった。レースは先行して逃げ込みを図るもアンビシャスにかわされ2着に終わった。
第153回天皇賞・春は5月1日晴・良馬場の京都競馬場で開催された。キタサンブラックは前年の有馬記念馬
ゴールドアクターに続く2番人気に支持された。いつも通り先行してスローペースに落とし、後ろの馬が来るのを待った。やってきたのは
ゴールドアクターではなく13番人気のカレンミロティックだった。直線で一旦かわされたが、キタサンブラックは差し返しに出て、鼻面を合わせたところがゴールだった。長い写真判定の結果キタサンブラックの勝利が確定した。菊花賞と天皇賞・春を連勝した馬は名馬が多い。キタサンブラックも名馬の階段を登りつつあるように感じられた。
続く宝塚記念は復活した
ドゥラメンテに次ぐ2番人気に支持された。ここも先行して粘る策をとったが、牝馬の
マリアライトに一瞬で交わされ、さらに
ドゥラメンテにも差し切られ3着に落ちてしまった。
秋は京都大賞典から始動。2番手追走から直線で先頭に立って後続を軽く振り切って、1番人気に応えた。陣営は疲労を考慮して天皇賞・秋は回避することにした。
第36回ジャパンカップは11月27日小雨・良馬場の東京競馬場で開催された。キタサンブラックは1番人気に支持された。ドバイターフを勝ったリアルスティールが2番人気。
ゴールドアクターが3番人気に支持された。最内1番枠から飛び出したキタサンブラックは前半をスローペースでスタミナを温存し、直線に入ってから加速する鞍上武豊の絶妙のペース配分でサウンズオブアースに2馬身半差をつけて完勝した。
4歳最終戦の有馬記念はファン投票1位で出走した。しかし単勝1番人気はわずかの差でその年の菊花賞馬
サトノダイヤモンドに譲った。レースはマルターズアポジーの離れた2番手と単騎逃げとならなかった上、最後の直線で
ゴールドアクターと競り合う思惑違いの展開となり、そのためにやや最後の粘りが欠いたのか、
サトノダイヤモンドの急襲を許し、半馬身差の2着に惜敗した。
2017年5歳となったキタサンブラックは大阪杯から始動した。第61回を迎えた大阪杯はこの年からGIに昇格し、春の中長距離路線の開幕戦として位置づけされることになった。4月2日、晴・良馬場の阪神競馬場でキタサンブラックは1番人気に支持された。有馬記念と同様にマルターズアポジーが逃げ、道中は3番手につけて直線で先頭に立つと詰め寄るステファノス、ヤマカツエースを完封した。これでキタサンブラックはGI競走4勝目となった。
第155回天皇賞・春は4月30日、晴良馬場の京都競馬場で開催された。連覇を狙うキタサンブラックは1番人気に支持され、有馬記念でキタサンブラックを退けた
サトノダイヤモンドが2番人気に支持された。菊花賞馬による2強対決として注目された。大逃げ宣言をしていたヤマカツライデンが宣言通りのハイペースで逃げ、キタサンブラックは前を行く馬に動ずることなく2番手を進んだ。向こう正面半ばでヤマカツライデンの逃げ脚が鈍ると、キタサンブラックは一気に加速し、淀の坂を下るころには先頭を伺う位置についた。天皇賞・春を5度制している武豊騎手は誰よりも淀の3200mの勝ち方を知り尽くしていた。
シュヴァルグランと
サトノダイヤモンドの追撃を振り切り、
ディープインパクトの勝ち時計を0.9秒上回る3分12秒5でレコード勝ちで勝利した。天皇賞・春を連覇した馬は
メジロマックイーン、
テイエムオペラオーに続く3頭目であった。また天皇賞・春は
ディープインパクト以来10年連続して1番人気が敗れるジンクスがあったがそれも止めることになった。
大阪杯、天皇賞・春と連覇したキタサンブラックは宝塚記念に駒を進め、当然のようにファン投票1位、単勝1番人気に支持された。ライバルの
サトノダイヤモンドは回避し、出走頭数11頭と少なく、キタサンブラックが負ける要素などなさそうに思えた。パドック、返し馬とも何の問題もなく、いつものように先行し、直線を前に先頭に立とうとしていた。しかしどういうわけか直線で失速し、9着という目を疑うような惨敗を喫した。鞍上の武豊も厩舎関係者も首をかしげるばかりであった。勝てば凱旋門賞に出走する計画だったがそれは回避されることとなった。もしかすると海外に行きたくなかったキタサンブラックがそれを知ってわざと負けたのはないか。そう考えるしかないくらい不思議な敗戦だった。
5歳秋は天皇賞・秋、ジャパンカップ、有馬記念の3戦に出走して引退することが陣営から発表された。
第156回天皇賞は台風22号接近に伴う雨で極度の不良馬場となった東京競馬場で開催された。キタサンブラックは1番人気に支持された。ゲートに頭をぶつけ出遅れたものの、他馬が避けた荒れた内ラチ沿いを通って先行。直線手前で先頭に立つと、そこからは馬場のいい真ん中に持ち出した。
サトノクラウンの追撃をクビの差を抑えた。天皇賞春・秋連覇は史上5頭目、天皇賞3勝は
テイエムオペラオー以来2頭目となった。勝ち時計は不良馬場とあって2000mに距離が短縮されてから最も遅い2分8秒3を計時した。つづくジャパンカップも1番人気に推されたものの、レース中に落鉄する不運もあって、
シュヴァルグランの3着に敗れた。
第62回有馬記念は晴良馬場の中山競馬場で開催された。キタサンブラックは清水師の宣言通り目一杯に仕上げられ、また歌手北島三郎がオーナーであることが競馬ファンでない一般人の関心を呼び、単勝支持率42%の圧倒的1番人気に支持された。キタサンブラックは武騎手の見せ鞭でハナを奪うと、スローペースに持ち込んだ。突くような馬もなく、キタサンブラックは楽に逃げ、直線では後続をさらに突き放した。牝馬クリーンズリングが外から迫ったが、キタサンブラックには余裕があり、1馬身半差をつけて優勝。有終の美を飾った。これでGIは7勝となり、
シンボリルドルフ、
テイエムオペラオー、
ディープインパクト、
ジェンティルドンナ、
ウオッカと並んだ。また獲得賞金は
テイエムオペラオーを抜いて歴代一位となった。表彰式では恒例となっていた北島三郎氏による「まつり」が歌われた。最終レース終了後にお別れセレモニーが行われ、「まつり」は終わった。
翌2018年JRA賞が発表されキタサンブラックは2年連続で年度代表馬に選出された。1月7日に京都競馬場で引退式が開催され、ターフに別れを告げた。引退後は社台スタリオンステーションで種牡馬として供用された。2021年に産駒が初出走を迎えた。2020年、GI7勝の実績を評価されて顕彰馬に史上34頭目の顕彰馬に選定された。
本格化は3歳秋と遅くクラシックは菊花賞を得たのみだったが、530kgを越える大型馬でありながら大きな故障もなく5歳まで休みなく走り続けた。特に5歳は大阪杯から有馬記念まで中長距離路線に用意された6競走全てに出走して3勝した。最近は
アーモンドアイのような相当な実力馬でも疲労蓄積を考慮してこのような臨戦過程を挑むことを避けられていることを考えるとキタサンブラックの強靱ぶりは目を見張るものがあった。戦法はほとんど逃げか先行であったが、臆病で馬群が苦手で逃げるのでなく、「俺に続け」と群れを引っ張るような力強さを感じた。2010年代はとにかくノーザンファームの生産馬が圧倒的に強かったが、キタサンブラックは日高の零細牧場の生産馬で、馬主が歌手の北島三郎、主戦騎手が長年競馬人気を支えた武豊ということもファンの琴線に触れたということで人気を得た。種牡馬としては繁殖牝馬に恵まれるとは思えず、苦戦が予想されるが、父キタサンブラックの馬はGI戦線を賑わせることをファンは期待している。
2021年7月3日筆