バブルガムフェロー

Bubble Gum Fellow

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バブルガムフェローの画像
著作権
1993/4/11生 
牡  鹿毛
父:サンデーサイレンス 母:バブルカンパニー (by Lyphard)
生産者:千歳・社台ファーム(JPN)
馬主:(有)社台レースホース
調教師:藤澤和雄(美浦)

・中央所属時成績
三歳時 4戦 3勝 朝日杯三歳ステークス
四歳時 4戦 2勝 天皇賞・秋
五歳時 5戦 2勝
中央通算 13戦 7勝
全通算 13戦 7勝

[解 説]当HPでは漢数字の馬齢は旧年齢表記、算用数字の馬齢は満年齢表記
 バブルガムフェローは1993年千歳・社台ファームにて生まれた。父サンデーサイレンスは1986年米国産馬。ケンタッキーダービーを含む14戦9勝の申し分ない実績で、社台ファームによって日本に輸入された。我が国競馬史上最高の成績を収めた輸入種牡馬で、5頭のダービー馬をはじめ数多くのG1馬の父となった。母馬の遺伝的特質を引き出すのが抜群で、自ら持つ闘争心を産駒に伝えた。短距離から長距離まであらゆるタイプの産駒を輩出した。2001年8月に16歳で惜しまれながら死去した。バブルガムフェローは供用2年目の産駒で、種付け時点ではまだサンデーサイレンスの種牡馬としての評価は定まっていなかった。母バブルカンパニーは1977年フランス産馬。現役時代の成績はフランスとアメリカで12戦1勝と平凡。しかし初年度産駒のCandy Stripesが引退後アルゼンチンでチャンピオンサイヤーとなり、クリテリウム・ド・サンクルー(仏Gl)を勝ったIntimist、そして後に日本に輸入されて菊花賞馬ザッツザプレンティの母となるバブルプロスペクターなどを輩出し繁殖牝馬としては成功していた。またバブルカンパニーの母プロディースProdiceはサンタラリ賞(仏Gl)勝ち、フランスオークス(仏Gl)を2着などの実績を持つ名牝であった。母の父であるLyphardはノーザンダンサー産駒で80年代欧州最強馬と評されるダンシングブレーヴを輩出するなど種牡馬として成功した。社台グループがバブルカンパニーが十五歳と高齢にも関わらず、繁殖牝馬として輸入を決断したのは、このような優れた血統背景に期待してのことであった。生まれたバブルガムフェローは総じて癇性の強いサンデーサイレンス産駒にしては珍しく人間のいうことを聞く素直な馬だったという。
 社台ファームが主宰する馬主クラブである(有)社台レースホースの持ち馬として美浦・藤沢厩舎に入厩したバブルガムフェローは1994年三歳東京新馬戦で初出走。岡部騎手を鞍上に3着に敗れたものの、折り返しの新馬戦を快勝した。続く府中三歳ステークスも快勝し、朝日杯三歳ステークスに駒を進めた。前年はサンデーサイレンスの産駒の成績は目覚ましかったこともあって、バブルガムフェローが1番人気に支持されたのは当然のことであった。いざスタートを切ってみるとバブルガムフェローに騎乗した岡部騎手はあまりの手応えのなさに少々焦りを感じていた。むしろ好位から早めに抜け出した武豊騎乗のエイシンガイモンの方が脚色がいいように思われた。しかしバブルガムフェローは直線なかばで猛然と加速しエイシンガイモンをかわした。着差は3/4馬身ながら、あたかもその馬名の「風船ガムを噛む少年」のごとく、まだ遊びながら走っているかのような余裕のあるレースぶりで、無限の可能性を感じさせた。
 明けて四歳となる1996年、バブルガムフェローは予定通りスプリングSから始動した。1番人気に支持され皐月賞を目指す馬を一蹴した。しかしその後右後脚の骨折が判明。当然主役で迎えられるはずの皐月賞もダービーも、その舞台に立つことは出来なかった。ちなみにこの年の皐月賞はイシノサンデー、ダービーはフサイチコンコルドが優勝。イシノサンデーはサンデーサイレンス産駒で、フサイチコンコルドはカーリアン産駒であるが社台ファームの生産馬であった。
 四歳秋、バブルガムフェローは毎日王冠で復活した。この年の毎日王冠は古馬の層が薄く、四歳の大物バブルガムフェローも人気を集めたが、久々ということで2番人気であった。アラブのゴドルフィンがこの毎日王冠を獲るためだけに送り込んだ二戦級アヌスミラビリスを捉えることができなかったが3着に粘った。
 藤沢師は毎日王冠参戦前からバブルガムフェローの天皇賞挑戦を表明していた。当時の四歳馬は、余程の長距離適正がないことが予想される場合を除いて、秋は菊花賞に駒を進めるのが普通であった。なんといっても馬にとっては一生に一度の舞台だし、相手の力量差も把握しているので戦いやすいからである。けれども古馬の超一流馬が出走する天皇賞は、1987年に四歳馬に開放されてから、オグリキャップなど何頭かの四歳馬が挑戦したが勝った馬はいなかった。この年の天皇賞・秋はサクラローレルが主役であった。サクラローレルは天皇賞・春でナリタブライアンを破り古馬最強の座に就いていた。前哨戦のオールカマーも快勝し満を持しての出走であった。これに京都大賞典を勝ったサンデーサイレンス産駒の評判馬マーベラスサンデーと人気が続いた。バブルガムフェローは3番人気と意外に高評価であった。ファンはこれまでの戦績から古馬撃破の可能性を秘めていると見なしていた。岡部騎手は藤沢調教師とともに同厩舎の所属馬タイキブリザードのアメリカ遠征に帯同したため、バブルガムフェローの鞍上はテン乗りの蛯名正義騎手に委ねられた。蛯名騎手はスタートしてすぐに好位置の3番手をキープした。人気のサクラローレルは出遅れて後方に位置した。そのサクラローレルは直線でマーベラスサンデーに進路を塞がれ馬群を割るのに苦労していた。後方の人気馬を尻目に抜け出したバブルガムフェローはひたすらゴールを目指した。そして人気を落としていた前年の年度代表馬マヤノトップガンの追撃を半馬身抑えて優勝。四歳馬が天皇賞を勝つのは、かつては四歳馬が参戦できた戦前の天皇賞を含めても第1回のハツピーマイト以来59年ぶりであった。
 ところが岡部騎手の手に戻った次走のジャパンカップでは2番人気に推されたが、全く精彩を欠き、シングスピールの13着に惨敗した。天皇賞での覇気はどこかに消え失せ、萎縮していたかのようであった。
 五歳となった1997年、バブルガムフェローの復帰は遅れ、5月の鳴尾記念であった。これに快勝して、宝塚記念に駒を進め、3番人気に支持された。岡部騎手はタイキブリザードに騎乗したため、鞍上は天皇賞以来の蛯名騎手に戻った。しかしながらG1制覇に執念を燃やすマーベラスサンデーの強襲にあって2着に敗れた。
 五歳秋は毎日王冠から始動。1番人気に推され強い勝ち方で人気に応えた。充実の秋を迎え、昨年のジャパンカップで見せたようなひ弱さは消え失せたかのように思えた。天皇賞連覇を狙うバブルガムフェローは圧倒的1番人気に推された。2番人気は牝馬ながら敢然と天皇賞に挑戦してきたエアグルーヴでこの2頭が抜けた人気を形成した。バブルガムフェローと岡部幸雄騎手は理想的な展開でレースを進めながらも、終始で武豊騎乗のエアグルーヴにびっしりマークされ、直線で競り落とされての2着に敗れた。続くジャパンカップも1番人気と期待されながら、外国馬ピルサドスキーとエアグルーヴと競り合う1馬身弱遅れる3着に敗れた。
 バブルガムフェローは結局このジャパンカップを最後に引退。種牡馬となった。当初社台スタリオンステーションに繋養されていたが、のちにブリーダーズスタリオンステーションに変更されている。日本における産駒成績はダートの名古屋グランプリ(統一G2)を勝ったアッパレアッパレ程度と今ひとつだか、2005年にはオーストラリアにシャトル種牡馬として貸し出していたときの産駒ロッカバブルRockabubbleがニュージーランドのG1ブリーダーズSを勝つなど、種付け料も上昇傾向にある。産駒はバブルガムフェローが一度も走っていないダート路線で活躍する馬が多い。
 バブルガムフェローはあまり一生懸命に走ることはなく、遊びながら走っていたという印象で、主戦の岡部騎手によると、口向きが悪い、つまり騎手の指示に従わない癖は最後まで矯正されることはなかったという。G1勝ちが朝日杯と天皇賞・秋というのは、この馬の本来の能力からすれば、物足りない勲章ともいえる。与えられた称号「ひ弱な天才児」は言い得て妙である。マイルに戦いの馬を求めていれば、勲章の数も増えたのかもしれないが、藤沢厩舎の僚馬タイキブリザードの存在、同期に大物ダンスインザダークがいた社台ファームの意向もあって、このような中距離路線を歩まざるを得なかったのかもしれない。そういう意味では、四歳春の骨折も含めて「不運な天才児」と言えなくもない。すでに社台スタリオンからは追われ、良質牝馬と交配される可能性の少なくなったバブルガムフェローに、種牡馬成績の上積みを望むのは難しいことかもしれない。しかしニュージーランドでの産駒の活躍はこの馬にとっての朗報で、「バブルがはじけた日本にバブルの時代は来ない」と下手な洒落をいう口の悪いファンを見返してやりたいところだ。
2005年4月24日筆

日付 競馬場 競走名 距離 馬場 頭数 人気 着順 時計 騎手 斤量 馬体重 1着馬(2着馬)
1995/10/7 東京 新馬 1800 12 1 3 1:53.7 岡部幸雄 53 474 アービルサンゴッド
1995/10/29 東京 新馬 1800 9 1 1 1:49.3 岡部幸雄 53 480 (トーシンアトラス)
1995/11/19 東京 府中三歳ステークス 1800 12 2 1 1:50.0 岡部幸雄 54 484 (サクラスピードオー)
1995/12/10 中山 朝日杯三歳ステークス(G1) 1600 12 1 1 1:34.2 岡部幸雄 54 490 (エイシンガイモン)
1996/3/24 中山 スプリングステークス(G2) 1800 13 1 1 1:50.1 岡部幸雄 56 486 (チアズサイレンス)
1996/10/6 東京 毎日王冠(G2) 1800 12 2 3 1:46.0 岡部幸雄 56 482 アヌスミナビリスAnnus Mirabilis
1996/10/27 東京 天皇賞・秋(G1) 2000 17 3 1 1:58.7 蛯名正義 56 486 (マヤノトップガン)
1996/11/24 東京 ジャパンカップ(国際G1) 2400 16 2 13 2:26.8 岡部幸雄 55 488 シングスピールSingspiel
1997/6/15 阪神 鳴尾記念(G2) 2000 15 2 1 2:01.4 岡部幸雄 59 474 (トウカイタロー)
1997/7/6 阪神 宝塚記念(G1) 2200 12 3 2 2:11.9 蛯名正義 58 468 マーベラスサンデー
1997/10/5 東京 毎日王冠(G2) 1800 9 1 1 1:46.1 岡部幸雄 59 480 (ツクバシンフォニー)
1997/10/26 東京 天皇賞・秋(G1) 2000 16 1 2 1:59.0 岡部幸雄 58 486 エアグルーヴ
1997/11/23 東京 ジャパンカップ(国際G1) 2400 14 1 3 2:26.0 岡部幸雄 57 490 ピルサドスキーPilsudski

距離別実績
距離区分 1着 2着 3着 連対率 主な勝鞍
1400m未満 Sprint 0.000
1400〜1900m未満 Mile 75020.714 1995朝日杯三歳ステークス
1900〜2200m未満 Intermediate 32101.000 1996天皇賞・秋
2200〜2800m未満 Long 30110.333
2800m以上 Extended 0.000
芝コース通算137230.692 

競馬場別実績
競馬場 1着 2着 3着 連対率 主な勝鞍
中山22001.000 1995朝日杯三歳ステークス
東京94130.556 1996天皇賞・秋
阪神21101.000
通算137230.692 

5代血統表
サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986 青鹿
Halo Hail to Reason Turn-to Royal Charger
Source Sucree
Nothirdchance Blue Swords
Galla Colors
Cosmah Cosmic Bomb Pharamond
Banish Fear
Almahmoud Mahmoud
Arbitrator
Wishing Well Understanding Promised Land Palestinian
Mahmoudess
Pretty Ways Stymie
Pretty Jo
Mountain Flower Montparnasse Gulf Stream
Mignon
Edelweiss Hillary
Dowager
バブルカンパニー
Bubble Company
1977 栗
Lyphard Northern Dancer Nearctic Nearco
Lady Angela
Natalma Native Dancer
Almahmoud
Goofed Court Martial Fair Trial
Instantaneous
Barra Formor
La Favorite
Prodice Prominer Beau Sabreur His Highness
Mashaq
Snob Hill Rockefella
Rossenhall
Euridice Tabriz Tehran
La Li
Euroclydon Tourbillon
Astaria


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