ハクチカラ

Haku Chikara

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[競走成績][実績][血統表]

1953/4/20生 1979/8/6没
牡  栗毛
父:トビサクラ 母:昇城 (by ダイオライト)
生産者:浦河・ヤシマ牧場(JPN)
馬主:西博氏
調教師:尾形藤吉(東京)

・中央所属時成績
三歳時 6戦 5勝
四歳時11戦 6勝 東京優駿
五歳時15戦 9勝 天皇賞・秋 有馬記念
六歳時 6戦 0勝
七歳時11戦 1勝
中央通算 49戦21勝
全通算 49戦21勝

[解 説]当サイトでは漢数字の馬齢は旧年齢表記、算用数字の馬齢は満年齢表記
 ハクチカラは1953年浦河・ヤシマ牧場にて生まれた。父トビサクラはプリメロ産駒の内国産馬。生まれたのは1942年でちょうど四歳五歳を戦争のため競馬が開催されていない時期を過ごしてしまった不幸なサラブレッドである。母昇城の母月城は現役時代はクレオパトラトマスを名乗り、ダービー前に帝室御賞典を勝った名牝で顕彰馬クモハタの姉にあたる。他に産駒として桜花賞馬ハマカゼ、子孫として菊花賞馬ニホンピロムーテーがいる。
西博氏の持ち馬として東京の尾形厩舎に入厩したハクチカラは10月中山でデビューした。八木沢勝美騎手を鞍上に1番人気に支持され初戦を突破する。その後4連勝したが、朝日杯三歳Sで後にライバルとなるキタノオーの2着に敗れ、6戦5勝で三歳競馬を終えた。
 四歳の始動は遅れて、3月末のオープンとなり2着。皐月賞はキタノオーに続く2番人気に支持されたが、伏兵ヘキラクの12着に大敗した。保田隆芳に乗り替わったオープンを勝って挑んだダービーは3番人気に支持された。1番人気キタノオーが落馬事故に巻き込まれ苦戦する中、重馬場を好位から力強く抜け出し、キタノオーを3馬身差をつけて完勝。秋は9月東京オープン、セントライト記念、京都オープンと使って1着、4着、1着。キタノオーに続く2番人気で挑んだ菊花賞は、キタノオーにダービーの雪辱をされ5着に敗れた。その後カブトヤマ記念、特ハンを連勝してこの年新設された中山グランプリに出走。メイヂヒカリが強烈過ぎる末脚を駆使してレコード勝ち。キタノオーは何とか2着を確保したが、ハクチカラは5着に敗れた。ダービーには勝ったものの、それ以外はほとんどキタノオーが先着し、実力はキタノオーの方が上というのが四歳時の評価であった。
五歳は1月早々に始動。初戦はフェアマンナの3着に敗れた。このフェアマンナは同年代のオークス馬なのだが、たびたびハクチカラに先着した女傑である。その後の2戦も2着。しかし目黒記念で61キロを克服しての勝利。いよいよ盾獲りに目処がついたかと思ったが、オープンでフエアマンナの4着に敗退。天皇賞・春はライバルのキタノオーが勝った。当時の規定では一度天皇賞を勝った馬は二度と出走できないことになっていた。ハクチカラはキタノオーとの対決を避け、関東に居残り重賞路線を中心に使って賞金を稼ぐとともに、ライバルのいない天皇賞・秋を目指すことになった。オープン、東京杯、安田賞、オープン、日経賞、毎日王冠と使われ安田賞の2着以外はすべて勝った。
 次のオールカマーでまたキタノオーとの対決が実現する。アラブの怪物セイユウが軽快に逃げ、「アラブに負けるわけにはいかない」とワンテンポ仕掛けを早めどうにか2着を確保。しかしまたもキタノオーには敗れた。目黒記念で再びキタノオーと対決。3番人気と評価が低かったが、キタノオーを降ろして勝利。このレースでキタノオーは故障で戦列を離れることになり、キタノオーとの対決は4勝6敗で負け越しで終わった。わずか5頭立ての天皇賞。ハクチカラは大レースで初めて1番人気に支持され、見事に期待に応えて優勝した。ハクチカラは有馬記念に駒を進めた。キタノオー不在ではあったが、充実期を迎えていたハクチカラの実力は完全に他の馬を凌駕していて、単勝支持率は実に80%を越えており、オンワードゼア以下に3馬身差をつけて優勝した。
 明けて六歳。ダービー、天皇賞、有馬記念を制したハクチカラにはもはや日本で勝つべきレースはなかった。普通ならここで引退種牡馬入りするところであるが、オーナーの西氏は敢然と海外に新たな戦いの場を求めることになった。窮屈なDC-4型機に乗せられて31時間、5月29日の夕刻にハリウッドパーク競馬場の厩舎にやってきた。初戦7月2日の1700m(メートル法に換算、以下同)のダート戦は9頭立ての最下位。次走も最下位と全くいいところがなかった。何しろはじめての海外遠征であり、保田騎手が戸惑ったのは無理もないことであった。しかし7月22日のサンセットハンデは軽量を生かして後方から追い込み、6頭立ての4着に入った。西氏はこれで満足していたが、アメリカの競馬関係者に説得されて、ハクチカラの滞在を延長することにした。ハクチカラは8月デルマー競馬場に移動。ここでの2戦はともに6着に惨敗。ここまで騎乗していた保田騎手は就労ビザが切れて帰国した。12月にサンタアニタ競馬場に移動。アーキャロ騎手を鞍上に10頭立ての2着とはじめて連対した。サンタアニタに相性が合ったのか、アメリカ人騎手が能力を引き出したのか、またハクチカラが環境に慣れたのか、いずれにしても良化の兆しを見せながら六歳を終えた。
 明けて七歳。新年早々1月1日のレースを3着。続いて2着、4着、5着、4着を経て挑んだ第24回ワシントン・バースデー・ハンデ。このレースには当時の世界最高賞金獲得馬ラウンドテーブルが出走していて、当時の一流レースと見て差し支えない。ハクチカラ騎乗のレー・ヨーク騎手の斤量は実に49.4キロ(メートル法に換算)。16頭立ての15番人気であった。ヨーク騎手は軽量を生かして逃げまくり、アニサドの追い込みを首の差退けて優勝。日本産馬の勝利という歴史的瞬間である。時に1959年2月23日のことであった。この記録がいかに偉大であるかは日本産馬が異国の地で凱歌をあげるのは1995年12月のフジヤマケンザンによる香港カップまで待たなければならなかったという事実で十分であろう。その後ハクチカラは7月までサンタアニタ、ハリウッドパーク、東海岸のベルモント、そしてデラウェアまで転戦したが6戦全敗。もう限界であった。
 帰国したハクチカラは青森にて種牡馬として供用された。しかし内国産種牡馬が冷遇されていた時代ゆえ、繁殖牝馬に恵まれなかった。1968年インドに寄贈された。ハクチカラはインドのクラシックレースで多くの勝ち馬を輩出した。インドの関係者に厚く遇されながら1979年8月6日、インド国立クニガル牧場にて逝去。最後まで「国際派」であった。
 日本産馬初の海外重賞勝ち馬ということが評価されて1984年顕彰馬に選定された。ダービー・天皇賞・有馬記念と日本を代表するこの3レースを勝っているのはハクチカラの他にはシンザンシンボリルドルフの両五冠馬のみで、その点でも高い評価が必要だろう。現在、海外重賞勝ち馬はタイキシャトルエルコンドルパサーなど何頭かいるが、いずれも外国産馬であり、G1に格付けされるべきレースで父母とも内国産馬という馬が勝ったのは、ハクチカラに限られる。いつの日か純粋な日本産馬が海外の大レースを勝ちまくる日を夢みたい。
2001年12月28日筆

日付 競馬場 競走名 距離 馬場 頭数 人気 着順 時計 騎手 斤量 1着馬(2着馬)
1955/10/1 中山 新馬 1000 5 1 1 1:02.5 八木沢勝美 51 (クダンホマレ)
1955/10/16 中山 優勝 1100 5 1 1 1:07.0 八木沢勝美 51 (マイウエイ)
1955/10/23 中山 オープン 1100 7 1 1 1:07.2 八木沢勝美 52 (トツカン)
1955/11/6 中山 優勝 1100 6 1 1 1:06.2 八木沢勝美 52 (ホマレモン)
1955/12/4 中山 オープン 1100 8 1 1 1:06.4 八木沢勝美 54 (オートネ)
1955/12/11 中山 朝日杯三歳ステークス 1100 11 1 2 --- 八木沢勝美 52 キタノオー
1956/3/31 東京 オープン 1600 8 1 2 --- 八木沢勝美 57 クダンホマレ
1956/4/22 東京 皐月賞 2000 16 2 12 --- 八木沢勝美 57 ヘキラク
1956/5/20 東京 オープン 1400 5 1 1 1:27.4 保田隆芳 57 (チカラボシ)
1956/6/3 東京 東京優駿 2400 27 3 1 2:36.1 保田隆芳 57 (キタノオー)
1956/9/22 東京 オープン 1800 6 1 1 1:55.0 八木沢勝美 60 (ミスフエーデル)
1956/10/7 東京 セントライト記念 2400 8 3 4 --- 八木沢勝美 61 キタノオー
1956/11/3 京都 オープン 1800 5 1 1 1:53.2 保田隆芳 60 (ツキシマ)
1956/11/18 京都 菊花賞 3000 14 2 5 --- 保田隆芳 57 キタノオー
1956/12/2 東京 カブトヤマ記念 2000 9 1 1 2:06.1 保田隆芳 59 (ミネオー)
1956/12/16 中山 特ハン 1800 7 1 1 1:53.0 保田隆芳 61 (ミスセイジユ)
1956/12/23 中山 中山グランプリ 2600 12 5 5 --- 保田隆芳 54 メイヂヒカリ
1957/1/6 中山 ニューイヤーステークス 1800 12 1 3 --- 保田隆芳 62 フェアマンナ
1957/1/20 中山 金杯・東 2600 13 1 2 --- 保田隆芳 60 ホマレモン
1957/3/17 東京 オープン 1600 5 2 2 --- 保田隆芳 60 フェアマンナ
1957/3/24 東京 目黒記念 2500 8 3 1 2:36.4 保田隆芳 61 (ヘキラク)
1957/4/6 中山 オープン 1800 5 1 4 --- 保田隆芳 59 フェアマンナ
1957/5/3 東京 オープン 1800 5 1 1 1:55.1 保田隆芳 59 (マサル)
1957/5/12 東京 東京杯 2400 6 1 1 2:32.2 保田隆芳 60 (ホマレモン)
1957/6/9 東京 安田賞 1600 9 1 2 --- 保田隆芳 64 ヘキラク
1957/6/22 中山 オープン 1700 5 1 1 1:50.2 保田隆芳 58 (ヘキラク)
1957/6/30 中山 日経賞 3200 3 1 1 3:36.3 保田隆芳 60 (サザンラツド)
1957/9/20 中山 毎日王冠 2600 4 1 1 2:47.1 保田隆芳 60 (ホマレモン)
1957/10/20 中山 オールカマー 2000 8 3 2 --- 保田隆芳 65 キタノオー
1957/11/3 中山 目黒記念 2600 6 3 1 2:45.2 保田隆芳 64 (キタノオー)
1957/11/23 東京 天皇賞・秋 3200 5 1 1 3:29.3 保田隆芳 58 (タメトモ)
1957/12/22 中山 有馬記念 2600 9 1 1 2:49.0 保田隆芳 55 (オンワードゼア)
1958/7/2 Hollywood Park
(USA)
リージョン・ファイヤワークス・ショー ダ1700 9 4 9 --- 保田隆芳 54.4 シーノCino
1958/7/8 Hollywood Park
(USA)
マンチェスター賞 ダ1600 9 7 9 --- 保田隆芳 53.5 ベヤリーナッシングBarely Nothing
1958/7/22 Hollywood Park
(USA)
サンセットハンデ 2600 6 5 4 --- 保田隆芳 49.9 ギャラントマンGallant Man
1958/8/23 Delmar
(USA)
ジミーデュランテ賞 ダ1600 6 4 6 --- 保田隆芳 50.8 スパイクSpike
1958/9/1 Delmar
(USA)
デルマーハンデ ダ1800 7 5 6 --- 保田隆芳 51.3 Noredski
1958/12/26 Santa Anita
(USA)
ローズ賞 1800 10 6 2 --- アーキャロ 51.3 アンキシャスモーメントAnxious Moment
1959/1/1 Santa Anita
(USA)
サンガブリエルハンデ 2000 9 1 3 --- アーキャロ 54 Macbern
1959/1/16 Santa Anita
(USA)
カリフォルニアステートフェア賞 2000 12 3 2 --- アーキャロ 51.5 Andrew Alan
1959/1/27 Santa Anita
(USA)
リバーサイド賞 1800 11 2 5 --- アーキャロ 51.5 Solid Fleet
1959/2/10 Santa Anita
(USA)
サンルイスレイハンデ 2400 11 4 4 --- ヨーク 52.7 Infantry
1959/2/23 Santa Anita
(USA)
ワシントンバースデーハンデ 2400 16 15 1 2:32.2 ヨーク 49.4 (アニサドAnisado)
1959/3/11 Santa Anita
(USA)
サンファンカピストラーノハンデ 2800 14 11 14 --- ヨーク 53 Royal Living
1959/5/9 Hollywood Park
(USA)
クレアモント賞 ダ1600 7 5 6 --- ヨーク 54.5 Solid Son
1959/5/23 Hollywood Park
(USA)
カリフォルニアンステークス ダ1700 9 8 9 --- ヴァレンズエラ 50.5 Hillsdale
1959/6/24 Belmont Park
(USA)
ボーリンググリーンハンデ 2200 11 10 11 --- ウッドハウス 52 Bell Hop
1959/7/4 Delaware Park
(USA)
サセックスターフハンデ 2200 9 7 8 --- チョケッテ 50.5 Monte Carlo
1959/7/22 Delaware Park
(USA)
トウインクリング賞 1600 7 5 6 --- マーチン 54.5 Greek Sovereigh

距離別実績
距離区分 1着 2着 3着 連対率 主な勝鞍
1400m未満 65101.000
1400〜1900m未満 146410.714
ダート1400〜1900m未満 60000.000
1900〜2200m未満 51210.600
2200〜2800m未満 147100.571 1956東京優駿 1957有馬記念
2800m以上 42000.500 1957天皇賞・秋
芝コース通算4321820.674 
ダートコース通算60000.000 

競馬場別実績
競馬場 1着 2着 3着 連対率 主な勝鞍
中山1711310.824 1957有馬記念
Delaware Park(USA)20000.000
京都21000.500
東京138300.846 1956東京優駿 1957天皇賞・秋
Delmar(USA)20000.000
Hollywood Park(USA)50000.000
Santa Anita(USA)71210.429
Belmont Park(USA)10000.000
通算4921820.592 

5代血統表
トビサクラ
1942 栗
プリメロ Blandford Swynford John o'Gaunt
Canterbury Pilgrim
Blanche White Eagle
Black Cherry
Athasi Farasi Desmond
Molly Morgan
Athgreany Galloping Simon
Fairyland
フライアースメードン Friar Marcus Cicero Cyllene
Gas
Prim Nun Persimmon
Nunsuch
Tetrarch Girl The Tetrarch Roi Herode
Vahren
Affinity Orby
Lady Strike
昇城
1944 栗
ダイオライト Diophon Grand Parade Orby
Grand Geraldine
Donnetta Donovan
Rinovata
Needle Rock Rock Sand Sainfoin
Roquebrune
Needlepoint Isinglass
Etui
月城 Campfire Olambala Ornus
Blue and White
Nightfall Voter
Sundown
星旗 Gnome Whisk Broom
Faiery Sprite
Tuscan Maiden Maiden Erlegh
Tuscan Red


作成 2011/03/29
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